シドネイア

シドネイア

シドネイア（学名：Sidneyia）は、およそ5億年前、古生代カンブリア紀の地層から発見される、絶滅した節足動物の一属です。カナダのバージェス頁岩や中国の洪家哨層などから化石が見つかっており、現在までに二つの種が正式に記載されています。幅広い十数節からなる体と、扇のような形の尾が特徴的な生物でした。

名称の由来

属名である「Sidneyia」は、本属を初めて学術的に記載した古生物学者、チャールズ・ウォルコット氏の二番目の息子であるシドニー氏に敬意を表して名付けられました。これは、シドネイアの最初の化石が、ウォルコット氏の息子シドニー氏によって発見されたことに由来しています。

形態

シドネイアの体長は種によって異なり、約1cmほどの小型のものから最大16cmに達するものまで多様です。体全体は横に広く、上下に平たい形状をしています。体の構造は、丸みを帯びた横長の頭部（cephalon）、その後に続く9から10節の胸部（thorax）、そして1から2節の腹部（abdomen）という、三つの合体節に明確に分かれています。触角を除くと、体の大部分を覆う背板の下に付属肢が隠されています。

頭部

頭部は横幅があり、両端には一対の鞭のような形をした触角（antenna）と、短い柄の先に位置する眼がそれぞれ配置されています。頭部の腹面前方には、横に長い楕円形のハイポストーマ（hypostome）があり、口はこのハイポストーマの縁に開いていたと考えられています。かつては別の古生物（ラディオドンタ類）の前部付属肢がシドネイアの一部と誤解されたこともありましたが、近年の研究により、頭部には同形な3対の脚があったことが示唆されています。

胸部

胸部は9節または10節で構成され、それぞれの節を覆う背板は、後方の節ほど左右に張り出した部分が後ろ向きにカーブしています。体の幅は頭部から胸部にかけて滑らかに広がり、体の真ん中あたりで最大幅となり、その後は腹部に向かって徐々に狭まっていきます。各胸節には一対の脚があり、脚は7つの節に分かれています。脚の先端に近い内側の部分（内肢, endopod）の裏側には多数の棘が生えており、脚の付け根にあたる基部（原節, protopod）は左右で噛み合う顎の構造（顎基, gnathobase）を持っています。この顎基は、現生のカブトガニが餌を噛み砕くのに使う構造とよく似ています。模式種であるS. inexpectansの脚は、前方の4対が内肢のみからなる単枝型ですが、後方の5対は内肢と、鰭のような形状をした外側の部分（外肢, exopod）を併せ持つ二叉型です。一方、小型種のS. minorでは、全ての脚が二叉型であったとされています。

腹部

腹部は1節または2節で構成され、横幅は直前の胸部後端よりも狭くなっています。体の最も後ろの末端部は、一対の鰭状の付属肢と中央の尾節（telson）が一体となって尾扇（tail fan）を形成しています。肛門は尾節の腹面に開口していました。

生態

シドネイアは、海底を這い回る底生性の捕食者であったと考えられています。前方の触角と眼を使って獲物を見つけ、現生のカブトガニのように、脚の付け根にある顎基で獲物を細かく破砕してから摂食していたと推測されています。実際に、シドネイアの化石の消化管からは、ヒオリテス類や三葉虫といった他の古生物の破片が発見されており、これが肉食性であった証拠と考えられています。S. inexpectansに見られる後方の脚に備わった鰭状の外肢は、海底を移動する際の推進力や、呼吸のための器官として機能した可能性が指摘されています。シドネイアの消化管は細かったものの、後方が広がっている構造が見られ、おそらくこの拡張した部分で消化が主に行われたと考えられています。消化管の内容物が比較的少量しか見つからないことから、シドネイアはそれほど頻繁には摂食していなかったのかもしれません。

分類と分布

シドネイアは、三葉虫や光楯類（Aglaspidida）などを含む絶滅した節足動物の一群であるArtiopoda類に分類されます。さらにArtiopoda類の中でも、シドネイアはエメラルデラ（Emeraldella）やケロニエロン類（Cheloniellida）などと共にVicissicaudata類に位置づけられています。かつてはエメラルデラと近縁なXenopoda類としてまとめられたこともありましたが、2010年代以降の研究では、シドネイアは他のVicissicaudata類よりも早期に分岐した、より基盤的な（原始的な特徴を残した）属であるという説が広く受け入れられています。

2023年現在、シドネイア属（Sidneyia）には、以下の二つの種が正式に記載されています。

Sidneyia inexpectans Walcott, 1911a
本属のタイプ種（模式種）です。体長は最大で16cmに達する大型種でした。胸部は9節、腹部は2節から構成されます。カナダのブリティッシュコロンビア州にあるバージェス頁岩（バージェス動物群に含まれる化石であり、カンブリア紀ウリューアン期にあたります）から発見されています。種小名の「inexpectans」はラテン語で「予想外の」という意味で、これは記載者であるウォルコット氏が、オルドビス紀よりも古い時代の地層からこのような大型の節足動物が見つかったことに驚いたことに由来します。

Sidneyia minor Du et al., 2023
比較的小型の種で、体長は1.2cmから2.3cm程度です。胸部は10節、腹部は1節から構成されます。中国の雲南省にある洪家哨層（Hongjingshao Formation、暁哨馬生物群に含まれる化石であり、カンブリア紀第三期にあたります）から発見されました。種小名の「minor」はラテン語で「より小さい」という意味で、本種がS. inexpectansよりも小柄であることにちなんでいます。

これらの正式記載種の他にも、中国山東省の饅頭層（Mantou Formation）から発見された未命名の化石標本が、暫定的にSidneyia cf. inexpectansとされています。なお、過去にペンシルベニア州キンザー層、ユタ州ウィーラー層、中国澄江（澄江動物群、Sidneyia sinicaとして記載）、ユタ州スペンス頁岩、グリーンランドのシリウスパセットなどからシドネイア属とされた化石標本は、その後の研究で本属であることに対して疑義が呈されるか、あるいは別の属に再分類されています。

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