シミュレーショニズム

シミュレーショニズムは、1980年代のニューヨークを中心に展開された美術運動であり、その根底には、近代芸術における唯一性やオリジナル性といった概念への根本的な問い直しがあります。この運動は、大量消費社会におけるイメージの氾濫と、オリジナルとコピーの区別が曖昧になる状況を背景に、既存の芸術の価値観に挑むものでした。

シミュレーショニズムの特徴は、大衆文化に存在するイメージを、カットアップ、サンプリング、リミックスなどの手法を用いて、積極的にアプロプリエーション（盗用）することにあります。これにより、オリジナルの作品が持つとされる権威や力を批判的に解体し、イメージと社会的なシステムとの間の新たな関係性を模索しました。具体的には、ジェンダー、商業主義、人種とアイデンティティ、制度化された芸術といった、社会の様々な側面を照射する試みが行われました。

この運動の理論的な背景には、哲学者ジャン・ボードリヤールの『シミュラークルとシミュレーション』があります。ボードリヤールは、現代社会において、オリジナルとコピーの区別が失われ、コピーが大量に消費される状況を指摘しました。シミュレーショニズムのアーティストたちは、この状況を肯定的に捉え、イメージの盗用を通じて、オリジナリティという概念そのものを問い直そうとしたのです。

シミュレーショニズムを代表するアーティストとしては、シンディ・シャーマンが挙げられます。彼女は、映画のワンシーンのような情景を演じたセルフポートレートを撮影し、イメージの虚構性を浮かび上がらせました。また、シェリー・レヴィーンは、ウォーカー・エバンスの写真を複写することで、オリジナルの概念に疑問を呈しました。リチャード・プリンスは、広告写真を複写し、イメージの持つ商業的な側面を強調しました。さらに、ジェフ・クーンズは、掃除機などの日常的な物をガラスケースに入れて作品として発表し、美術の概念を拡張しようと試みました。

日本では、美術評論家の椹木野衣が1991年に著した『シミュレーショニズム ハウス・ミュージックと盗用芸術』において、この運動を深く掘り下げて紹介しました。この著書は、当時の日本の芸術家たちに大きな影響を与えたとされています。この著作を通じて、シミュレーショニズムの概念は、日本のアートシーンにも浸透し、多様な表現を生み出すきっかけとなりました。

シミュレーショニズムは、単に既存のイメージをコピーするだけでなく、そのイメージが持つ意味や価値を問い直すことで、現代社会における芸術の新たな可能性を示唆しました。この運動は、現代美術における重要な流れの一つとして、今日もなお、多くのアーティストや批評家に影響を与え続けています。

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