シュードモナス・シリンガエ

シュードモナス・シリンガエ（Pseudomonas syringae）

Pseudomonas syringaeは、植物の葉の表面に生息するグラム陰性の桿菌であり、極鞭毛を持ち運動性があります。1902年にライラックから最初に分離され、その植物の名前にちなんで命名されました。

特徴

この細菌は、以下の様な特徴を持ちます。

アルギニンジヒドロラーゼ活性とオキシダーゼ活性が陰性
スクロース栄養寒天培地でレバンのポリマーを形成
多くの株がシリンゴマイシンを分泌（植物毒素）
キングB培地上で黄色の蛍光を発する

生態

P. syringae は、着生細菌として植物の葉圏に生息し、通常は病原性を示さずに宿主植物から栄養を獲得します。しかし、環境が悪化すると、腐生生物または病原性生物として振る舞うことがあります。

多くの株は植物に対して病原性を示し、植物組織の傷口から栄養を得ます。病原性は特定の植物種に対して特異的であり、生育条件（気象条件、宿主植物、共生微生物）によって異なります。

この細菌は、自身が依存する生育環境を破壊し自滅することがあります。雨滴による拡散や低温湿潤な環境での急速な生育により、他の宿主へ移動し生き残ります。

細胞構造

複数の極鞭毛を持ち、運動性があります。線毛様構造を持ち、環境への応答や病原性遺伝子の発現に関与します。多くの株は、細胞表面に氷核活性タンパク質を持っています。

P. syringae の表現型は株間で異なり、細胞構造や外観も一般化が困難です。

代謝的特徴

株間で代謝特性が大きく異なり、宿主植物の違いに由来します。一部の腐生性株は、収穫後の腐敗に対する生物防除剤として利用されています。アルギニンジヒドロラーゼを持たず、シトクロムCオキシダーゼが欠損しているため、オキシダーゼ反応は起こりません。

遺伝学的特徴

いくつかの株のゲノムが解読されており、染色体は約600万塩基対です。株によって遺伝子配列が多様であり、プラスミドの有無も異なります。ゲノムアイランドには、病原性タンパク質や氷核活性タンパク質が含まれています。

病原性

各病原型株は特定の植物種に対して病原性を示し、植物病原菌として多様な種に感染できます。国際的な菌株コレクション機関には50以上の異なる病原型が保管されています。

植物の病気は、葉面での個体数過剰によって引き起こされると考えられていますが、栄養量との関係は不明です。病原性を示す株が多いものの、全ての株が植物に感染しなくても生育できます。

病気は高湿度で寒冷な環境で発生しやすく、12-25℃が最適です。細菌III型分泌装置によって植物細胞中に分泌されたエフェクタータンパク質が病気の原因です。

病原型

50以上の病原型が存在します。近年の研究では、いくつかの病原型は他の種に分類しなおすことが提案されています。

確認されている病原型としては以下のようなものがあります。

Pseudomonas syringae pv. aceris: カエデ属に感染
Pseudomonas syringae pv. actinidiae: キウイフルーツに感染
Pseudomonas syringae pv. aesculi: セイヨウトチノキに感染
Pseudomonas syringae pv. phaseolicola: 暈枯れ病の原因菌
Pseudomonas syringae pv. syringae: ハシドイ属、スモモ属、インゲンマメ属に感染

モデル系としての利用

ゲノムシークエンシングが早期に完了し、宿主とする植物が研究されていることから、植物と病原体間の相互作用における分子生物学的挙動の解析に重要なモデル系として利用されています。

この系は、植物の防御機構の抑制における病原体遺伝子産物の役割の解析に用いられています。また、他の微生物のエフェクターを解析する研究者にも利用されており、生命情報科学的なエフェクターの同定方法が他の生物にも適用できます。

氷核活性

P. syringae は、植物の霜害の原因となる氷核活性タンパク質を産生します。このタンパク質は、過冷却状態の水を比較的高い温度で凍結させ、植物組織の損傷を引き起こします。人工雪の生産にも用いられています。

P. syringae* は霰の塊の中心から発見され、地球の水循環において役割を果たしていると考えられています。

霜害防止菌

氷核活性タンパク質の生産に関わる遺伝子を欠損させた変異体株は、霜害防止菌として利用されています。植物表面への導入により、霜害を軽減し作物の収量を高める効果が期待されています。

霜害防止株の野外試験は、環境団体や一般人の抗議により延期され、論争を引き起こしました。しかし、この出来事がきっかけとなり、米国のバイオテクノロジー政策が形成されることとなりました。

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