シングル磁気記録方式

シングル磁気記録方式（SMR）とは

シングル磁気記録方式（Shingled Magnetic Recording: SMR）は、ハードディスクドライブ（HDD）の記録密度を向上させるために開発された磁気記録技術です。別名、瓦磁気記録方式とも呼ばれます。「シングル（Shingle）」とは、屋根や壁に使われるこけら板や石綿板を指し、その形状から名付けられました。

SMRの概要

HDDの記録密度を高めるには、ディスクの径方向におけるトラック幅を狭くすることが重要です。しかし、トラック幅を狭めることは、磁気ヘッドから漏れ出す磁界の強度低下を招き、データ記録が困難になるという問題がありました。SMRは、この問題を解決するために、幅広の磁気ヘッドを使用しながらも、トラックを重ねて記録することで、実質的なトラック幅を狭めるという手法を採用しています。

具体的には、データを記録する際に、トラックが重なり合うように記録します。この様子が瓦を重ねた屋根のように見えることから、シングル（瓦）記録方式と呼ばれています。この技術では、磁極の角に磁界が集中する特性を利用した特殊な形状の磁気ヘッドが用いられます。一方、再生素子に関しては、大きな変更は必要ありません。

SMR技術は、2009年にR.Woodらによって提唱され、2014年にはシーゲイト・テクノロジーが世界で初めてSMRを搭載した製品を発表し、記録密度を25%向上させることに成功しました。

SMRの性能と用途

SMRは、シーケンシャルな書き込みに特化しており、データのバックアップやアーカイブ用途に適しています。従来の磁気テープと比較して、データの頭出しに時間がかからないため、バックアップやアーカイブからのデータ復旧を迅速に行えます。そのため、メーカーはSMRを搭載したHDDを「Archive HDD」として販売しています。

ただし、SMRにはデータの部分的な更新（ランダム書き込み）時にスループットが低下するというデメリットがあります。これは、書き込みヘッドがトラック幅よりも広いため、特定のセクタを上書きする際に、複数のトラックにまたがってデータを書き換えてしまうことに起因します。

この問題を解決するため、ドライブマネージド型のSMRドライブではキャッシュを利用しますが、キャッシュのクリア作業やキャッシュ容量を使い切った後の書き込み速度低下など、性能面で課題が残されています。そのため、シーケンシャルな書き込みのみを受け付け、ランダム書き込みにはエラーを返すホストマネージド型の仕様も策定されています。

SMRは、システム用途やデータベース用途など、ランダムアクセス書き込みが多い用途には不向きです。しかし、メーカー各社はキャッシュ設計の工夫により、これらの欠点を補っています。一方、読み取り性能は、シーケンシャル・ランダムアクセス共に通常のHDDと同等の性能が期待できます。

Western DigitalによるSMRの予告なき変更問題

2020年4月頃、ウエスタンデジタルがNAS向けに製造していたWD RedシリーズのHDDが、ユーザーへの予告なくSMRに変更されていたことが発覚し、大きな問題となりました。

SMRは、従来のCMR（Conventional Magnetic Recording）と比較して、書き込み性能は劣るものの、記録密度が高く、容量あたりのコストを低減できます。また、プラッタの外周の一部にCMR方式の書き込みエリアを設け、キャッシュとして利用することで、一般的な使用ではCMRと遜色ない使い勝手を実現できます。そのため、多くのメーカーが既存のHDDを順次CMRからSMRに変更しています。

しかし、NAS環境ではRAIDの同期など、SMRが苦手とするランダム書き込みが発生し、特にファイルシステムにZFSを利用している場合は、大きなパフォーマンス低下が発生します。ウエスタンデジタルは、この問題を認識しながらも、ユーザーに告知することなくNAS向けHDDをSMRに変更したため、批判を浴びました。また、NASベンダーにも通知していなかったため、互換品リストに誤った製品が掲載されたままになっていました。

批判を受けて、ウエスタンデジタルは公式ブログで釈明しましたが、謝罪はせず、「当該製品はSOHOなどの軽い用途向けである」といった内容でした。その後、他シリーズのSMR搭載状況についてもリストを公開しましたが、製品ページには明記されていません。一方、競合のシーゲイトは、全ての製品リストを公開し、NAS向け製品にはSMRを搭載していないことを明言しています。

SMRの分類

SMRドライブは、ホストコンピュータに対してどのように見えるかによって分類されます。

ドライブマネージド

ホストはSMRドライブを従来のHDDと同様に扱うことができます。SMR特有の処理はドライブ内部で行われるため、既存のソフトウェアを変更せずに利用できます。データ更新の問題を解決するため、キャッシュ領域が設けられています。このキャッシュ領域は、従来の記録方式で記録されており、書き込まれたデータは、後で一括してSMR領域に保存されます。SMR領域のデータ更新には複雑な手順が必要ですが、基本的には可能です。キャッシュからSMR領域への反映は、ホストからの命令とは非同期に自動で行われます。

ただし、キャッシュのクリアはドライブ内で処理されるため、ホストの書き込み/読み込みとは無関係なタイミングで起こり、性能低下の原因となります。また、キャッシュ容量を超える連続した書き込み要求があると、SMR領域への転送を待たなければならず、性能が低下します。ドライブマネージドの書き込み性能は、連続書き込み量とキャッシュ容量に左右されます。

ホストマネージド

ホストがSMRドライブに適した命令を送ることを前提とします。既存のファイルシステムやアプリケーション（OS）の変更が必要ですが、ドライブマネージド型の性能問題を解決できます。このタイプでは、シーケンシャル・ライト・オンリー・ゾーンが必須であり、ランダム書き込みはエラーとなります。ランダム書き込みに対応するため、通常の記録方式が用いられるゾーン（Conventional Zone）を設けることも可能です。これらの制御を可能にするコマンドは、INCITSのT10及びT13委員会で策定されています。

ホストアウェア

ドライブマネージドとホストマネージドの両方の性質を兼ね備えます。ホストマネージド用コマンドによる高性能なシーケンシャル書き込みと、従来のコマンドによるランダム書き込みが可能です。

まとめ

SMRは、HDDの記録密度を向上させるための重要な技術ですが、書き込み性能には課題があります。適切な用途を選び、その特性を理解して利用することが大切です。

参考資料

磁気記録
垂直磁気記録方式
ハードディスクドライブ
シーケンシャルアクセス
スーパーディスク#FD32MB

外部リンク

Zoned Device ATA Command Set (ZAC)
* Information technology - Zoned Block Commands (ZBC)

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