シンハラ仏教ナショナリズム

シンハラ仏教 ナショナリズム

シンハラ仏教ナショナリズムとは、スリランカにおいて多数派を占めるシンハラ人の民族意識と、彼らの信仰する上座部仏教を密接に結びつけた政治的思想を指します。この思想は、シンハラ人の文化や歴史的な自己認識と仏教信仰が深く結びつき、それが国家や社会のあり方を規定するという考え方を核としています。

思想の起源と『マハーワンサ』の影響

このナショナリズムの思想的起源には、6世紀に仏教僧によって編纂されたパーリ語の重要な歴史書『マハーワンサ』（『大史』）が決定的な影響を与えています。『マハーワンサ』は、スリランカの歴史を仏教の視点から叙述しており、その内容はシンハラ仏教ナショナリズムや、時には仏教を護るための戦闘的な姿勢の形成に大きく寄与しました。

『マハーワンサ』には、仏陀自身がかつてスリランカを三度訪問したという神話が語られています。この物語によれば、仏陀は島を訪れて仏教に敵対的な勢力を退け、シンハラ人の祖先とされるヴィジャヤ王子とその従者たちを守るよう神々に命じ、この地に仏教が確立し繁栄するための礎を築いたとされています。この神話は、スリランカという島が「シハディパ」（シンハラ人の島）であると同時に、「ダンマディパ」（仏教を護り広めるために定められた島）であるという、シンハラ仏教徒の間で広く共有される信仰の根拠となりました。

また、『マハーワンサ』は、スリランカの英雄的な仏教徒の王であるドゥトゥガムヌが、当時の首都アヌラーダプラを支配していたタミル人の王エララとその軍勢を打ち破った戦いを詳しく描写しています。この戦いにおいて、ドゥトゥガムヌ王は多数の仏教僧に支えられていました。戦後、王が自ら討ち取った数千人のタミル人について悔恨の念を抱いた際、慰めに訪れた高僧たちは、「獣にも劣るタミール人の不信心者を殺したにすぎない。真の罪はない」と述べ、さらに王は「様々な方法で仏陀の教えに栄光をもたらすであろうから、心から憂いを捨てよ」と励ましたと記されています。この記述は、エララ王が暴君として描かれているわけではないにもかかわらず、仏教を復興し、仏教徒の君主のもとで島を統一するためならば、たとえ暴力を用いることも正当化されるというメッセージを内包していると解釈されています。

さらに、『マハーワンサ』は、仏陀が島を訪れた際に、ヤッカと呼ばれる先住民（しばしば人間以下の存在として描かれる）を恐怖に陥れて故郷から追い出し、彼の教えがやがて栄えるようにしたという物語も伝えています。これらの叙述は、仏教を守るため、あるいは仏教の理想を実現するためであれば、暴力の行使や、非協力的または非シンハラ系の集団を排除することも許される、という思想的な下地を提供したと指摘されています。

政治学者のニール・デヴォッタ氏のような研究者は、『マハーワンサ』に描かれたこれらの神話的歴史が、シンハラ仏教徒ナショナリズムの形成に深く関わっていると分析します。彼によれば、『マハーワンサ』は、仏教（ダルマ）を維持、保護、伝播するために必要であれば、非シンハラ人に対して非人道的な行為を行うことや、仏教を守るための戦争（正戦）を正当化する根拠となり得ます。また、ヴィジャヤ王子の物語と共に、スリランカ島が上座部仏教を護持するために仏陀によって指定された場所であるというシンハラ仏教徒の信仰を確立しました。加えて、シンハラ人がこの島に最初に住み着いた人間であり、「真の土地の子」であるという主張や、島の統治者は仏教を保護し育成する義務があるという信念も、『マハーワンサ』の叙述から引き継がれた遺産であり、これらが現代の政治的仏教やシンハラ仏教ナショナリズムの軌跡に影響を与えています。

近代の展開とアナガーリカ・ダルマパーラ

シンハラ仏教ナショナリズムは、近代においても重要な人物によって強化されました。特に、19世紀後半から20世紀初頭にかけて活動したアナガーリカ・ダルマパーラは、この思想の普及に大きく貢献しました。彼は、西洋の植民地支配やキリスト教宣教師の影響力が増大する中で、仏教復興運動や独立運動を主導しました。ダルマパーラは、公開の場で、かつて「アーリア人であるシンハラ人」がこの「明るく美しい島」を楽園にしたが、その後の「野蛮な破壊者」（主にキリスト教や西洋勢力）によって破壊されたと主張しました。彼はキリスト教や多神教を、動物殺害や盗み、酩酊といった「低俗な習慣」の原因であると批判し、古代の洗練されたシンハラ人が「悪質な異教の弊害」のもとで衰退している現状を嘆きました。彼のこうした主張は、シンハラ仏教徒の間に民族的な誇りと、外部勢力への反感を煽り、ナショナリズムを強化する役割を果たしました。

これらの歴史的および思想的な要素が結びつき、シンハラ仏教ナショナリズムはスリランカの社会構造や政治情勢に大きな影響を与え続けています。

もう一度検索