ジェモー

ジェモー（Gémeaux）

武満徹による異色の音楽作品『ジェモー』（フランス語で「ふたご座」の意）は、オーボエとトロンボーンの独奏、そして二つの大規模なオーケストラにそれぞれ専任の指揮者がつくという、極めて特異な編成のために書かれました。この作品は、構想から完成までに足かけ15年という長い歳月が費やされた武満作品の中でも特に大規模なものの一つです。

作曲の背景には複雑な経緯がありました。元々、本作は1971年にフランスで開催されるロワイヤン音楽祭からの委嘱を受けて作曲が始まりました。翌年の音楽祭で、現在第1楽章にあたる部分が初演される予定でしたが、オーケストラの団員と音楽祭主催者との間で出演料を巡る対立が発生し、ストライキに発展。加えて、委嘱そのものが撤回されたり、演奏予定がキャンセルされたりと、不運が重なり、初演の目処が立たなくなってしまいました。

これにより、作品は完成してもすぐに演奏される可能性がないまま、武満は15年間にわたって少しずつスケッチを書き進めることになります。長い沈黙期間を経て、ついに全曲が日の目を見たのは1986年10月。サントリーホールの開館を記念する委嘱作品（サントリーホール国際作曲委嘱シリーズ）として世界初演が実現しました。作曲開始当初、独奏者としてはオーボエにハインツ・ホリガー、トロンボーンにヴィンコ・グロボカールが想定されていましたが、初演ではオーボエをブルクハルト・グレッツナー、トロンボーンをヴィンコ・グロボカールが務めました。

作品名『ジェモー』が示す「ふたご座」の名の通り、この作品は二つのものの関係性を主題としています。武満自身はこれを「音楽による恋愛劇」と表現し、時に相反する性質を持ちながらも、最終的には愛によって一つに結びつく二つの存在のありさまを描いたと述べています。作品全体を通じて数字の「2」が重要な意味を持ち、詩人・美術評論家の瀧口修造による『手づくり諺』からの影響も大きかったとされています。

編成の特徴として、舞台上には二つのオーケストラが左右対称に配置されます。基本的には同じ二管編成を基としていますが、左側のオーケストラにはマンドリンとチェレスタが、右側のオーケストラにはギターとピアノがそれぞれ加えられている点に違いがあります。各オーケストラはそれぞれ異なる指揮者によって導かれます。このような大編成でありながらも、各パートの書法は緻密で、単なる管弦楽作品というよりも、大規模な室内楽アンサンブルが集結したような精緻な響きを持っています。演奏者には高度な技術とアンサンブル能力が要求されます。

作品は以下の四つの楽章から構成されています。

strophe
genesis
traces
antistrophe

演奏時間は約30分であり、武満の作品としては比較的長大な部類に入ります。楽譜はショット・ミュージックより出版されています。

世界初演は1986年10月15日、サントリーホールで行われました。オーボエ独奏：ブルクハルト・グレッツナー、トロンボーン独奏：ヴィンコ・グロボカール。指揮は尾高忠明（第1オーケストラ）と井上道義（第2オーケストラ）、演奏は東京フィルハーモニー交響楽団と新日本フィルハーモニー交響楽団でした。

しかし、この作品は二人のソリスト、二つの大編成オーケストラ、そして二人の指揮者を必要とするため、演奏にかかる費用が非常に高額となります。この点が大きな障壁となり、初演以降、上演される機会は極めて稀です。武満の存命中、全曲が演奏されたのは初演を含めてもわずか3回のみでした。没後もその状況は変わらず、ほとんど演奏されていません。例外的な演奏としては、武満徹没後10年を記念する企画「武満徹|Visions in Time」の一環として、2006年5月28日に東京オペラシティで演奏された例があります。この時は、オーボエ独奏：古部賢一、トロンボーン独奏：クリスティアン・リンドベルイ、指揮：若杉弘（第1オーケストラ）、高関健（第2オーケストラ）、演奏：東京フィルハーモニー交響楽団でした。この演奏はNHK-FMの番組「現代の音楽」でも放送されました。

作品の希少性ゆえに、録音も限られています。主要な録音としては、1994年に東京都交響楽団によって行われたものがあります。この録音（指揮：若杉弘／沼尻竜典、独奏：本間正史／クリスティアン・リンドベルイ）について、武満自身が非常に喜んだと伝えられています。また、2006年の東京オペラシティでのライブ演奏も録音としてリリースされています。

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