ジッドゥ・クリシュナムルティ

ジッドゥ・クリシュナムルティの生涯と思想

ジッドゥ・クリシュナムルティ（Jiddu Krishnamurti, 1895年5月12日 - 1986年2月17日）は、インドに生まれ、宗教哲学者、精神教師、教育者として世界的に知られる人物です。彼は、伝統的な宗教観や組織的な教義に依存せず、個人の自己認識を通して真理に到達することを提唱しました。

生い立ち

クリシュナムルティは、南インドのマダナパルでバラモンの家庭に生まれました。幼少期は、病弱で学校の勉強には苦労しましたが、機械への強い興味を示しました。彼の父親は神智学協会の会員であり、母親は霊的な能力を持つ人物でした。クリシュナムルティは、幼い頃から神智学協会の創始者であるアニー・ベサントの写真や、業や輪廻に関する話に触れて育ちました。

神智学協会との出会い

14歳の時、クリシュナムルティは神智学協会の幹部であるチャールズ・W・レッドビーターに見出されます。レッドビーターは、彼の霊的なオーラに気づき、世界教師（救世主）の「乗り物」になると考え、クリシュナムルティとその弟を協会に引き取りました。クリシュナムルティは、イギリス紳士になるための英才教育を受け、母語であるテルグ語やインドの伝統的な教えを忘れていきました。レッドビーターは、クリシュナムルティに住み着いている霊をアリュキュオネと名付け、過去生の話を広めましたが、後に創作であったことが明らかになります。1909年にはアニー・ベサントと出会い、彼女が後見人となり、母子のような関係を築きました。しかし、レッドビーターの教育方法は問題が多く、父親は息子たちが彼のそばにいることを不安に感じていました。

ヨーロッパ遊学時代

1911年、クリシュナムルティはベサントと共にイギリスに渡りました。ベサントはクリシュナムルティを世界教師の器として教育しましたが、その方法には批判も多くありました。16歳で「東方の星教団」の長となり、多くの人が神秘的な体験をするなど騒動もありましたが、クリシュナムルティは大学に入学できず、ヨーロッパ各地を転々としました。第一次世界大戦中は、インド人への偏見から疎外感を感じ、神智学への興味も薄れていきました。

神秘体験と弟の死

1922年、アメリカのカリフォルニアで、クリシュナムルティは重要な神秘体験「ザ・プロセス」を経験しました。それは、強烈な痛みを伴う肉体的な現象であり、その中でブッダやマイトレーヤを見るなど、様々な霊的な体験をしました。この体験は、彼の思想形成に大きな影響を与えました。
また、弟のニトヤナンダは病に倒れ、クリシュナムルティは弟の回復を祈りましたが、1925年に死去。この出来事は、クリシュナムルティに大きな衝撃を与え、彼の思想を大きく変えるきっかけとなりました。彼は、神智学協会への疑念を強め、自身の宿命に対する確信を深めていきました。

東方の星教団解散と独立

1920年代後半、クリシュナムルティの教えは、メシアを待望する信者たちの考えとは異なるものになっていきます。彼は、組織や教義に頼らず、個人の自由と自己認識を重視するようになりました。1929年、34歳の時にクリシュナムルティは「東方の星教団」を解散し、神智学協会から離脱します。彼は、「真理はそこへ至る道のない土地である」と述べ、真理は個人の自己探求によってのみ発見できると主張しました。

独立した霊的指導者としての活動

神智学協会から独立した後、クリシュナムルティは世界各地で講演を行い、莫大な収入を得るようになりました。彼は、宗教組織を否定し、人々に自由を説き続けました。彼の思想は、ニューエイジ運動に共感する人々に支持され、物理学者や生物学者、心理学者とも対話を重ねました。しかし、彼はニューエイジの感傷的な側面を嫌い、同じくインド人導師であったマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーとも距離を置いていました。

クリシュナムルティは、長年、D・ラージャゴパルとその妻ロザリンドと家族のように暮らしていましたが、後にロザリンドとの不倫関係が発覚し、関係は破綻しました。彼は、インド、イギリス、アメリカで学校を作る事業にも関わりましたが、公的な役割を担うことは拒み、定期的に訪問しては生徒や教師たちと話しました。クリシュナムルティは、生涯を通じて執筆や講演活動を続け、自身の思想を広めました。しかし、組織や権威を否定したにもかかわらず、多くの人々を惹きつけ、ある意味で権威となっていきました。

晩年と最期

晩年の20年間は、精神教師として世界中を精力的に飛び回り、神智学協会とも和解しました。クリシュナムルティは、自分の教えが人々に十分に活用されていないこと、目覚めた人がいないことを嘆いていました。1986年、末期の膵臓癌でカリフォルニアで死去しました。

思想

クリシュナムルティの思想は、絶対主義、一元論、観念主義、個人主義、そして無神論的であると評されます。彼は、伝統、権威、宗教、過去の教祖、聖人、哲人、およびその教え、教団、古典、内面的な心象、神観念などのあらゆるイメージを拒否しました。また、ヨーガや瞑想も、目覚めに至る道とはみなしていません。
彼は、「永遠なる目的」を人生において最も重要なものと考え、真理を見つけるためには、個人的な感情と経験が最も重要であると主張しました。彼は、人は全く独力で、個人の努力で真理にたどり着けると考え、あらゆる信仰、歴史ある伝統、道徳を否定しました。クリシュナムルティは、真理の実現は自身の力を通してのみ達成できるとし、自我意識は真理を実現する「方法」にすぎないと述べました。また、人間の対立を無知とし、命は対立を超えたものであり、自身の生命を完全なものにする努力によって幻想が消滅すると説きました。

クリシュナムルティは、人が環境の産物であるとも、神聖な存在であるとも考えませんでしたが、ある条件下では最高の実在が有限になり、自我と一致すると考えました。彼は、実在を意識や自我意識を超えたものとし、真理は生命そのものであり、その発見が経験であり、合一であり、真の幸福であるとしました。

批評

クリシュナムルティの思想は、仏教やアドヴァイタ・ヴェーダーンタとの共通点が指摘されています。インド人哲学者からは、反伝統主義者として評価される一方で、その理論は明確ではないとの批判もあります。仏教学者からは、真に生きる根源の世界に目覚めようとした人物として絶賛されていますが、解脱が容易でないことも指摘されています。

菜食主義

クリシュナムルティは、菜食主義者であり、有機栽培の野菜を使った食事を好みました。脂肪、油、乳製品、精製小麦粉、砂糖、加工品は避け、香辛料も控えました。飲酒、薬物、タバコの経験はなく、30年以上も紅茶やコーヒーも飲んでいませんでした。

日本での紹介

日本では、1925年に彼の著作が翻訳され、紹介されました。クリシュナムルティの思想は、東洋思想や新宗教の棚ではなく、「精神世界」の棚に分類されることが多いです。

著作

クリシュナムルティは、多くの著作を残しており、その多くが日本語に翻訳されています。彼の著作は、自己探求、自由、瞑想、教育など、様々なテーマを扱っています。

クリシュナムルティの思想は、現代社会においてますます重要になってきています。彼の教えは、私たちが自己認識を深め、真の自由を得るための道標となるでしょう。

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