ジャラシュ

ジャラシュ：古代と現代が交錯するヨルダンの歴史都市

ヨルダン北部に位置するジャラシュ（جرش, Jerash）は、ジャラシュ県の県都であり、首都アンマンから北へ約48kmの場所にあります。標高約600mの丘に位置し、周辺は標高差のある多様な地形が広がっています。山地は寒冷で、谷間は肥沃なため、農業が盛んに行われています。

古代都市ゲラサ

ジャラシュは古代にはゲラサ（Gerasa）と呼ばれ、シリア南部のデカポリス（十都市連合）の一つとして栄えました。現在も、ローマ時代の都市遺跡が良好な状態で残っており、その規模の大きさや保存状態の良さから「中東のポンペイ」とも呼ばれています。しかし、ポンペイとは異なり、自然災害で埋もれたわけではありません。近年では、青銅器時代から集落が存在していたことが発掘調査で明らかになっています。ヘレニズム時代にはギリシャ風の都市が建設され、紀元前63年にはローマ帝国の支配下に入り、デカポリスの一員となりました。

1世紀後半には、交易と農業が発展し、106年にはローマ街道が整備されるなど、繁栄を極めました。129年から130年には、ハドリアヌス帝が視察に訪れ、その訪問を記念して凱旋門が建てられました。最盛期には、城壁内の広さが80万平方メートルに達するほど発展しました。

歴史と変遷

614年にはサーサーン朝ペルシャの侵攻により衰退しましたが、イスラム帝国の支配下でも活動は継続しました。746年の大地震により都市は大きな被害を受け、再建されることはありませんでした。十字軍の時代には、遺跡の一部が要塞として利用されました。その後、アイユーブ朝、マムルーク朝、オスマン帝国の時代には小規模な集落が存在するのみでしたが、19世紀後半からは移民が増加し、遺跡の東側に新たな町が形成されました。20世紀には遺跡の発掘が始まり、現在に至るまで多くのローマ時代の建造物が発見されています。

新約聖書との関わり

新約聖書のマルコによる福音書には、イエス・キリストがこの地を訪れ、悪霊に取り憑かれた人を癒す物語が記されています。この物語は、ジャラシュが古代から重要な場所であったことを示唆しています。

遺跡の見どころ

ジャラシュには、ローマ時代の記念碑的建築物や公共施設が数多く残っています。代表的なものとして、ハドリアヌスの凱旋門、ヒッポドローム（戦車競技場）、ゼウス神殿、アルテミス神殿、列柱で囲まれた広場（フォルム）、列柱道路（カルド）、南劇場、北劇場、公共浴場、市壁などが挙げられます。これらの建造物は、ローマ時代に裕福な市民の寄付によって建設されました。また、キリスト教時代には多くの教会が建設され、モザイク装飾が施されています。さらに、教会の地下からは古代のシナゴーグ跡も見つかっており、宗教的な多様性を示す貴重な証拠となっています。

近代のジャラシュ

20世紀には、観光地としての価値が高まり、ジャラシュは急速に成長しました。遺跡は慎重に保存され、近代の街が遺跡を侵食しないように規制されています。当初は近隣のスーフという町の郊外でしたが、シリアからの移民や北カフカスのチェルケス人、パレスチナ難民などの移住によって急速に拡大しました。現在では、周辺の農村もジャラシュの通勤圏に含まれるまでになっています。

経済と文化

ジャラシュの経済は、観光業が中心です。遺跡を訪れる観光客が経済を支えています。また、オリーブ栽培も盛んで、125万本のオリーブの木が存在しています。1981年からは、毎年夏に「ジャラシュ・フェスティバル」が開催され、音楽、舞踊、演劇などの公演が行われています。このフェスティバルは、ヨルダン王室も観覧するほどの大規模な文化イベントです。しかし、近隣のアンマンやイルビドに投資が集中しやすく、ジャラシュの発展速度は遅れる傾向があります。

ジャラシュは、古代ローマの面影を色濃く残す貴重な遺跡群と、多様な人々が暮らす現代の街並みが共存する魅力的な都市です。歴史と文化に触れられる場所として、多くの観光客を惹きつけています。

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