ジャン・ユスターシュ

ジャン・ユスターシュ：時代と映画の境界を問い続けた孤高のシネアスト

ジャン・ユスターシュ（1938年11月30日 - 1981年11月5日）は、フランスの映画監督、脚本家、編集技師です。ヌーヴェルヴァーグの潮流の中で頭角を現し、ジャン＝リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、エリック・ロメールといった巨匠たちから絶賛されました。しかし、その作風は既存の映画の枠組みにとらわれず、独自のスタイルを追求し続けたため、孤高のシネアストとして知られています。

生涯

1938年、フランス南西部のジロンド県ペサックに生まれたユスターシュは、思春期をオード県ナルボンヌで過ごしました。父親は鉄道員であったとされています。1958年にパリへ上京し、フランス国鉄職員として働く傍ら、シネマテークに通い始めました。そこで映画への情熱を燃やし、後のプロデューサーとなるピエール・コトレルと出会います。アルジェリア戦争への徴兵を拒否し、服毒自殺を図るという出来事もありました。

1960年代初頭には、ヌーヴェルヴァーグの監督たちの下に出入りし、映画批評を執筆します。しかし、映画批評誌『カイエ・デュ・シネマ』には一度も寄稿することはありませんでした。1962年には、短編映画の助監督を務め、出演もしています。1963年に密かに制作していた中編映画『わるい仲間』がゴダールらに絶賛され、次作『サンタクロースの眼は青い』の製作をゴダールが支援しました。この2作は1966年にまとめて公開されています。

1968年には、中編ドキュメンタリー『ペサックの薔薇の乙女』を制作。その後、1971年には、ジャック・リヴェットが演出したテレビドキュメンタリーシリーズや、マルク'O監督の作品などの編集技師として活躍しました。また、ゴダールの『ウィークエンド』にも出演しています。

1973年、長編劇映画第一作『ママと娼婦』を発表。第26回カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞しましたが、その反時代的な作風から観客からはブーイングを浴びました。この作品は、ユスターシュ自身の自伝的な要素を含み、ベルナデット・ラフォンとジャン＝ピエール・レオが主演を務めました。しかし、この作品のモデルとなった女性がラッシュフィルムを観て絶望のあまり自殺するという悲劇も起きています。

1981年11月4日、43歳の誕生日の数週間前に、パリの自宅でピストル自殺を遂げました。生前は、映画学校IDHECの教授も務めていました。日本では、劇場での上映が限られていましたが、死後20年を経て、DVD化や劇場公開が進み、その名が広く知られるようになりました。

作風

ユスターシュの映画理論の根幹には、劇映画と記録映画の境界についての考察があります。彼は、映画の黎明期であるリュミエール兄弟の時代に立ち返るべきだと考え、初期映画の素朴な手法を実験的に取り入れました。その姿勢は、同時代の松本俊夫が提唱したネオドキュメンタリズム理論に通じるものがありますが、ユスターシュの場合は、現実社会に対する政治的なコミットメントはあまり強くありません。

彼の理論を最も色濃く体現した作品として『不愉快な話』が挙げられます。この作品は、同じ噂話を、当人が語る様子を記録したものと、俳優が台詞として演じるものの二部構成で描かれています。また、代表作『ママと娼婦』では、実在のモデルの証言を録音し、それをそのまま俳優に喋らせるという演出方法を採用しました。さらに、BGMやアフレコを廃し、現場で収録された音のみを使用するという徹底したリアリズムを追求しました。

ユスターシュの作品は、一見すると私的で内省的なテーマを扱っているように見えます。しかし、その奥には、人間の存在や社会に対する深い洞察が隠されています。彼は、映画というメディアを通して、現実と虚構、記憶と現在、自己と他者といった、様々な境界を問い続けました。彼の映画は、観る者に多くの問いを投げかけ、深く考えさせる力を持っています。

代表作品

わるい仲間（1963年）：中編。若者たちの刹那的な日常を描いた作品。
サンタクロースの眼は青い（1966年）：中編。ジャン＝ピエール・レオ主演。クリスマスのパリを舞台にした青春映画。
ママと娼婦（1973年）：長編。カンヌ国際映画祭審査員特別賞受賞。自伝的要素を含む恋愛映画。
ぼくの小さな恋人たち（1974年）：長編。少年時代の記憶を繊細に描いた作品。
不愉快な話（1977年）：中編。ドキュメンタリーとフィクションを組み合わせた実験的な作品。
アリックスの写真（1981年）：短編。セザール賞短編賞受賞。少女の姿を通して、時間と記憶の曖昧さを描いた作品。

関連書籍

『ジャン・ユスターシュ』 / Alain Philippon - Cahiers du Cinéma 1986.
『Mes années Eustache』 / Evane Hanska - Paris : Flammarion 2001.
『ジャン・ユスターシュ』 / 遠山純生、エスクアイア マガジン ジャパン、2001年。
『評伝ジャン・ユスターシュ: 映画は人生のように』 / 須藤健太郎、共和国、2019年。

ジャン・ユスターシュの作品は、没後もなお、多くの映画ファンや映画作家に影響を与え続けています。彼の映画は、私たちに映画の可能性を問い、そして、人間という存在の複雑さを深く考えさせてくれるでしょう。

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