ジュリオ・カッチーニ:ルネサンスからバロックへ繋いだ作曲家
ジュリオ・カッチーニ (Giulio Caccini,
1545年/
1551年頃 -
1618年12月10日) は、
イタリア・
ルネサンス音楽後期から
バロック音楽初期にかけて活躍した重要な
作曲家です。ヤコポ・ペーリと並んで、新しい音楽様式であるモノディー様式の代表的な
作曲家として知られています。彼の娘には、フランチェスカ・カッチーニとセッティミア・カッチーニという、こちらも著名な
作曲家がいます。
知られざる初期の頃とフィレンツェでの活躍
カッチーニの若い頃の経歴は不明な点が多いですが、
ローマまたはティヴォリで生まれ、
フィレンツェの彫刻家と何らかの関係があった可能性が指摘されています。
ローマで
リュート、ヴィオール、
ハープを学び、優れた歌手として名声を高めました。
1560年代には、コジモ・デ・メディチに見出され、
フィレンツェに招かれ、音楽の研鑽を積みます。
1579年以降はメディチ家の宮廷歌手として活躍しました。
テノール歌手であったカッチーニは、自らヴィオールの伴奏をすることもでき、宮廷の婚礼や祝典などの様々な場で歌声を披露しました。当時盛んに行われていたインテルメディオ(
オペラへと繋がる華やかな宮廷芸能)にも参加し、その才能を遺憾なく発揮しました。
カメラータとモノディー様式の確立
この頃、カッチーニは「カメラータ」という集まりにも参加していました。カメラータは、ジョヴァンニ・デ・バルディ伯爵の邸宅に集まった人文学者、作家、音楽家、考古学者らからなるグループで、古代ギリシャの劇音楽の復元を目指していました。カッチーニは歌手、楽器奏者、
作曲家としての才能を駆使し、カメラータの中心人物として活躍し、新しい音楽様式であるモノディー様式の確立に大きく貢献しました。モノディー様式は、それまでの
ポリフォニー音楽とは異なる、より簡潔で歌いやすい音楽様式であり、後の
オペラの発展に大きな影響を与えました。
教師、作曲家としての活動と人間性
16世紀末の20年間、カッチーニは歌手、教師、
作曲家として精力的に活動しました。多くの歌手に新しい歌唱法を教え、その影響力は計り知れません。彼の教え子の中には、モンテヴェルディの
オペラ「オルフェーオ」で主役を演じたカストラートのジョヴァンニ・グアルベルト・マリも含まれていました。
一方で、カッチーニの人間性は必ずしも高潔とは言えず、同僚との激しい競争や、メディチ家内部の権力闘争に巻き込まれることもありました。彼は、ある事件ではメディチ家の内密な情報を暴露し、悲劇的な結果を招いたとされています。また、
作曲家エミリオ・デ・カヴァリエーリやヤコポ・ペーリとの間にも激しい競争があったと伝えられています。特にペーリとは、同じ題材の
オペラ『エウリディーチェ』を巡って激しい争いを繰り広げたとされています。
音楽と影響、そして晩年
カッチーニが確立したモノディー様式は、
フィレンツェのみならず
イタリア全土に広まり、
バロック音楽の発展に大きな影響を与えました。彼の音楽は、言葉の意味を明確に伝え、感情を直接的に表現することを目指しており、後の
オペラのレチタティーヴォや、多くの
バロック音楽に影響を与えています。
1601年に出版された『新しい音楽』は、彼の最も重要な作品集の一つであり、モノディー様式の演奏法に関する貴重な解説が含まれています。この書物の中で、彼は当時の保守的な
作曲家たちを痛烈に批判しており、彼の革新的な姿勢が伺えます。
晩年は宗教音楽の作曲にも携わっていましたが、影響力は徐々に衰え、
1605年以降は表舞台から遠ざかりました。
フィレンツェで亡くなり、聖アヌンツィアータ教会に埋葬されています。
作品
カッチーニは3つの
オペラ作品(『エウリディーチェ』、『チェファロの強奪』、『エウリディーチェ』第2作)を残しています。また、『新しい音楽』、『新しい音楽と新しい書法』という2つの歌曲集も出版しています。これらの作品を通して、彼の音楽的才能と革新的な精神が示されています。しかし、彼の多声楽曲は現存しておらず、彼が主に単声音楽の
作曲家であったことがわかります。
「カッチーニのアヴェ・マリア」の誤解
広く知られている「カッチーニのアヴェ・マリア」は、実際には20世紀のソ連の
作曲家ウラディーミル・ヴァヴィロフによって作曲されたものです。ヴァヴィロフは、しばしば自作曲を古典
作曲家の名で発表していました。この曲も、長い間カッチーニの作品として誤解されてきましたが、近年になってその事実が明らかになりつつあります。
参考文献
The New Grove Dictionary of Music and Musicians
Music in the Renaissance (Gustave Reese)
Music in the Baroque Era (Manfred Bukofzer)
Le nuove musiche (Giulio Caccini)
* 佐竹淳 「新音楽宣言:ジュリオ・カッチーニの歌曲集序文」『対位法の変動・新音楽の胎動:ルネサンスからバロックへ 転換期の音楽理論』