ジョウシュウトリカブト

ジョウシュウトリカブト：尾瀬に息づく希少な植物

ジョウシュウトリカブト（Aconitum tonense）は、キンポウゲ科トリカブト属に属する植物です。本州の尾瀬とその周辺地域（福島県、新潟県、群馬県、栃木県）の渓流沿いの林縁に生育する日本固有種であり、その希少性から注目を集めています。

トリカブト属のなかで特異な存在

トリカブト属は、多くの有毒種を含むことで知られています。しかし、ジョウシュウトリカブトは、その中でも数少ない無毒の種とされるサンヨウブシ(Aconitum sanyoense)とは別種であることが、近年のDNA分析によって確認されました。かつてはサンヨウブシのシノニム、あるいは変種とみなされることもありましたが、葉腋にできるむかご（栄養繁殖器官）の存在や遺伝的な差異から、別種としての扱いが確立されています。

生育環境と形態

ジョウシュウトリカブトは、高さ55～170cmに成長する草本です。茎は斜上し、上部で湾曲して先端が垂れ下がるのが特徴です。根生葉と下部の茎葉は、花期には枯れてしまいます。中部の茎葉は腎円形で、掌状に5中裂し、さらに裂片が浅裂します。切れ込みの深さは、近縁種であるサンヨウブシよりも深いことが知られています。葉の両面には毛がなく、葉柄にも毛はありません。

特筆すべきは、葉腋につくむかごです。このむかごは、葉腋から芽を出し、塊根へと発達することもあります。渓流の流れに乗って下流へと運ばれ、新たな場所で生育を開始するという繁殖戦略を持っています。

花期は8～9月で、淡青紫色の花を咲かせます。花弁のように見えるのは萼片で、かぶと状の上萼片が目立ちます。花弁自体は上萼片の中に隠れており、肉眼では見えません。雄蕊は多数あり、雌蕊には開出毛が生えています。果実は長さ1.5cmほどの袋果で、短毛が密生しています。染色体数は2n=16です。

分布と個体数

ジョウシュウトリカブトは、限られた地域にしか生育しておらず、個体数は少ないと考えられています。沢沿いを中心に生育しますが、大規模な群落は形成せず、個別に生育していることが多いようです。そのため、その保全が重要な課題となっています。

名前と分類

和名の「ジョウシュウトリカブト」は、上州（現在の群馬県）利根郡で採集された標本に基づいて命名されました。種小名tonenseも同様の由来を持ちます。

分類学的には、トリカブト属のトリカブト亜属、サンヨウブシ節、サンヨウブシ列に分類されます。サンヨウブシ列には、サンヨウブシ、ガッサントリカブト、イイデトリカブトなどが含まれます。これらの種は、温帯に分布し、葉の形に共通点が見られます。ジョウシュウトリカブトとサンヨウブシは、花柄と上萼片に毛がないという特徴を共有しています。

むかごをつけるトリカブト

トリカブト亜属の植物は、通常、地下茎による栄養繁殖と種子繁殖によって増えますが、葉腋にむかごをつけることで栄養繁殖を行う種も存在します。長らくジョウシュウトリカブトのみがむかごをつける種と考えられてきましたが、近年、他の種でもむかごをつける個体が発見されています。これは、果実の結実が少ない個体群において、むかごによる繁殖がより重要になっている可能性を示唆しています。

保全状況

現在、国レベルのレッドリストには掲載されていませんが、生育地の環境変化や開発などによる影響が懸念されています。特に、限られた地域にしか分布していないことを考慮すると、早急な保護対策が必要であると指摘されています。

参考文献

佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎他編『日本の野生植物 草本II 離弁花類』、1982年、平凡社
加藤雅啓・海老原淳編著『日本の固有植物』、2011年、東海大学出版会
門田裕一監修、永田芳男写真、畔上能力編『山溪ハンディ図鑑2 山に咲く花（増補改訂新版）』、2013年、山と溪谷社
大橋広好・門田裕一・木原浩他編『改訂新版 日本の野生植物 2』、2016年、平凡社
牧野富太郎原著、邑田仁・米倉浩司編集『新分類 牧野日本植物図鑑』、2017年、北隆館
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