ジョン・デスモンド・バナール

ジョン・デスモンド・バナール (1901年5月10日-1971年9月15日) は、イギリスを代表する科学者の一人であり、その業績は分子生物学、特にX線結晶構造解析の分野で高く評価されています。彼の生涯と多岐にわたる活動は、科学研究のみならず、社会や政治にも大きな影響を与えました。

生い立ちと教育

アイルランド系イギリス人のバナールは、複雑な家系に生まれました。父方の祖先はイタリア、スペイン/ポルトガル系のセファルディムの血を引いており、母方はアメリカ人でした。彼は幼少期をアイルランドで過ごし、その後イギリスの学校で教育を受けました。ベッドフォード校時代は、周囲との不和もあったようですが、1919年には奨学金を得てケンブリッジ大学エマニュエル・カレッジに進学します。ケンブリッジ大学では数学と科学を学び、1922年に卒業しました。在学中には空間群の理論を研究し、結晶構造に関する論文で高い評価を受けました。

科学者としてのキャリア

卒業後、バナールはロンドンにある王立協会のファラデー研究所で研究を始めました。ヘンリー・ブラッグの下で、グラファイトや銅の結晶構造の研究を行い、実験技術と分析能力の両面で高い才能を発揮しました。彼はX線測角器も開発し、結晶構造解析の技術革新に貢献しました。

1927年にはケンブリッジ大学の結晶構造学講師に就任し、1934年にはキャヴェンディッシュ研究所の副所長に昇進しました。この間、彼は結晶学の手法を有機化合物に応用し、ステロール化学の研究に大きな進歩をもたらしました。ビタミンB1、ペプシン、ビタミンD2などの重要な物質の構造解析を行い、液体の水の構造についても重要な発見をしました。

ドロシー・ホジキンやマックス・ペルーツなど、後のノーベル賞受賞者もバナールのもとで研究を行い、彼の指導は多くの若手研究者の育成に繋がりました。ホジキンとの共同研究では、水和したタンパク質結晶の最初のX線写真を撮影し、生体分子の構造解明への道を切り開きました。

第二次世界大戦後、バナールはロンドン大学バークベック・カレッジに分子生物学研究所を設立し、アーロン・クルーグやロザリンド・フランクリンら、多くの著名な研究者を育成しました。

政治活動と社会貢献

バナールはイギリス共産党員であり、政治活動にも積極的に関与しました。ルイセンコ論争ではソ連を支持するなど、彼の政治的立場は常に議論の的となりました。しかし、彼の左翼活動は、コンラード・ワディントンなどの友人にも影響を与え、科学と社会の関係についての深い考察を促しました。

戦時中の研究

スペイン内戦をきっかけに、バナールは平和運動から戦争研究へと関心を移しました。第二次世界大戦中は、国家安全省で爆撃効果の分析を行い、その知見は戦後の都市計画にも役立ちました。彼は、ルイス・マウントバッテンの科学顧問を務めるなど、戦争遂行に科学技術を応用する役割も担いました。ノルマンディー上陸作戦においては、上陸地点の選定に貢献し、D-デイの翌日にノルマンディに上陸して作戦の効果を記録したと伝えられています。

著作

バナールは多様な著作を残しました。1929年の『宇宙・肉体・悪魔』では、宇宙居住のためのスペースコロニー（バナール球）のアイデアを発表し、科学技術による社会変革の可能性を展望しました。また、『科学の社会的機能』や『歴史における科学』といった著作では、科学と社会との関係を歴史的・社会学的視点から分析し、科学技術の社会的責任を強く訴えました。

私生活

バナールは、秘書だったアグネス・アイリーン・スピローグと結婚し、2人の子供をもうけました。しかし、彼は複数の女性と関係を持ち、非嫡出子もいました。彼の私生活は、公の活動とは対照的な複雑さを示しています。

結論

ジョン・デスモンド・バナールは、科学者として、政治活動家として、そして思想家として、20世紀の科学史に大きな足跡を残しました。彼の業績は、科学研究の進歩のみならず、科学と社会との関係についての深い考察を後世に与え続けています。彼の生涯は、科学と社会、そして個人の複雑な絡み合いを示す、興味深く魅力的なものです。

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