ジョン・バルデッサリ
ジョン・バルデッサリ（John Anthony Baldessari, 1931年6月17日 - 2020年1月2日）は、アメリカのコンセプチュアルアーティストであり、ファウンドフォト（既存の写真）やアプロプリエーション（既存のイメージの引用）を用いた作品で広く知られています。彼は、イメージが持つ物語性と、アート作品における言語の力を組み合わせ、新たな表現の可能性を追求しました。サンタモニカおよびヴェニス（カリフォルニア州）を拠点に活動し、アメリカとヨーロッパを中心に200回以上の個展を開催し、数多くのアーティストに影響を与えました。
カリフォルニア州ナショナルシティ出身のバルデッサリは、1953年にサンディエゴ州立大学を卒業後、カリフォルニア大学バークレー校とロサンゼルス校で学び、1957年にサンディエゴ州立大学で修士号を取得しました。1959年からは、サンディエゴの教育機関で美術を教え始め、約30年にわたり、スクール、ジュニアカレッジ、コミュニティカレッジ、大学レベルで教鞭をとりました。1968年にはカリフォルニア大学サンディエゴ校、1970年にはカリフォルニア芸術大学（CalArts）で教鞭をとり、デビッド・サーレ、ジャック・ゴールドスタイン、マイク・ケリー、トニー・ウースラー、ジェームス・ウェリング、バーバラ・ブルーム、マット・マリカン、トロイ・ブラウンタッチなど、多くの才能あるアーティストを育成しました。1986年からはカリフォルニア大学ロサンゼルス校で教鞭をとり、2008年まで教鞭を執りました。
バルデッサリは、当初画家としてキャリアをスタートさせましたが、1966年頃からキャンバスに写真やテキストを取り入れるようになりました。初期の代表的な作品には、コンテンポラリーアートの理論に基づく宣言文をキャンバスに描いたものがあります。『Suppose it is true after all? WHAT THEN?』(1967)では、手描きの文章が厚塗りされていますが、『A TWO-DIMENSIONAL SURFACE WITHOUT ANY ARTICULATION IS A DEAD EXPERIENCE』(1967)以降の作品では、主に黒のフォントが使用されています。『Painting for Kubler』(1967–68)は、作品の文脈の重要性を示唆し、鑑賞者に対して作品の鑑賞方法を理論的に指示しています。これは、美術史家ジョージ・クブラーの著書『時のかたち ものの歴史についての覚え書き』からの引用です。
1970年、バルデッサリは1953年から1966年までに制作した全ての絵画を仲間とともに燃やし、『The Cremation Project』(1970)という新たな作品にしました。絵画の灰の一部はクッキー生地に混ぜて焼かれ、一部は本を模した骨壺に収められました。この作品は、燃やされた絵画の誕生月と死亡月が刻まれたブロンズ製のプレートと、クッキーの作り方を記したレシピとともにインスタレーションとして展示されました。この火葬の儀式を通して、バルデッサリは芸術行為と人間のライフサイクルとの関連性を提示しました。
バルデッサリの最も知られた作品群は、映画のスチル写真などの写真素材を組み合わせた作品です。これらの写真は元の文脈から取り出され、言葉や文章が加えられて新たな形態へと変化します。『Wrong』(1966-1968)シリーズは、アマチュア写真教本からの作例写真とテキストを組み合わせたもので、写真の失敗例とテキストが対比されています。『California Map Project』(1969)では、地図上の「California」の各アルファベットに対応する場所で、文字に似た形状の被写体を撮影しています。『Cigar Smoke to Match Clouds That are the Same (By Sight - Side View)』(1972-73)では、作家がタバコを吸うイメージに「but a cigar is a good smoke」という文章を並べています。これはルネ・マグリットの『イメージの裏切り』(1929)からの引用であり、イメージが対象物それ自体を示すのではなく、言語がその意味を規定するという考えを提示しています。また、ジークムント・フロイトの言葉や、ラドヤード・キップリングの言葉からの引用とも解釈できます。
『Double Bill』(2012)では、ジョヴァンニ・ディ・パオロとデイヴィッド・ホックニー、あるいはフェルナン・レジェとマックス・エルンストなど、二人のアーティストの作品を一枚のキャンバス上で組み合わせ、手描きの要素を加えています。その上で、「…AND MANET」「…AND DUCHAMP」のように、コラボレーションされた二人の作家のうち一人の名前だけをキャンバスの下部に記しています。
バルデッサリは、言語に対する興味はゲームの構造と似ていると述べています。それは、ルールシステムによる偶然と強制です。『Throwing Three Balls in the Air to Get a Straight Line』(1973)は、空に投げた3つのボールが一直線になるように写真を撮ったもので、36回の試行の中から「best of 36 tries」が選ばれています。この36という数字は、標準的な35mmロールフィルムの枚数に基づいています。作家のeldritch Priestは、『Throwing four balls in the air to get a square (best of 36 tries)』(1972-73)をポストコンセプチュアルアートの初期の例として挙げています。この作品は、バルデッサリを評価した最初の人物の一人であるイタリアの出版者Giampaolo Prearoによって1973年に出版されました。
バルデッサリの多くの作品には、観客に何を見ているのかではなく、どのように選択と比較をするのかを提示する指示性があります。『Commissioned Paintings』(1969)シリーズでは、このポインティングのアイデアを文字通りに用いました。コンセプチュアル・アートは何かを指し示したもの以上ではない、という批評文に基づいて、様々な物体を指差した写真を撮り、それらをアマチュア画家たちに描かせました。出来上がった絵画には「A painting by（作家名）」というキャプションが付け加えられました。この作品では、バルデッサリは振付師のように芸術行為を監督し、芸術の著作者について問題を提起しています。
バルデッサリは1970年代初期から版画作品を制作しています。最初のリトグラフ作品『I Will Not Make Any More Boring Art』(1971)は、ギャラリーの壁に生徒に「I will not make any more boring art」という文章をエンドレスに書かせた有名な展示に関連して制作されました。彼はジェミナイ、Arion Press、Brook Alexander EditionsCirrus Editions、Crown Point Press、Edition Jacob Samuel、Mixografia、Multiples、Peter Blum Editionsなどの出版社を通じて版画を制作しました。『The Fallen Easel』(1988)や『Object (with Flaw)』(1988)では、ファウンドイメージ同士の関係性をより複雑に提示し、その対比によってミステリアスさや不吉さを表現しています。1990年代にはMixografiaで三次元版画を制作し、近年ではGeminiから三枚のレイヤーを重ねた版画シリーズや、アルミダイカストにプリントされた天井設置型の作品を発表しました。また、2008年にはGeminiから出版された版画セット「Artist for Obama」にも参加しました。
『Unrealised Proposal for Cadavre Piece』は、アンドレア・マンテーニャの『死せるキリスト』を模し、男性の死体を展示棚の中に設置しようとした構想です。2011年にハンス＝ウルリッヒ・オブリストとクラウス・ビーゼンバッハによって実現が試みられましたが、失敗に終わりました。マンチェスター・インターナショナル・フェスティバルでの展示では、死体の入手を試みた経緯についての書類が展示されました。
『Police Drawing』(1971)は、パフォーマンス『Police Drawing Project』のドキュメントフィルムです。この作品では、バルデッサリを見たことがない生徒のクラスにビデオカメラを設置し、似顔絵捜査官が生徒の証言をもとにバルデッサリの似顔絵を描きました。
『I Am Making Art』(1971)では、カメラに向かって様々なポーズをとりながら「I am making art」と述べています。1972年にはソル・ルウィットのコンセプチュアルアートに関する35の文章を歌にした作品や、『Teaching a Plant the Alphabet』(1972)、『Inventory』(1972)などの映像作品を制作しました。『Six Colourful Inside Jobs』(1977)では、展示期間中に毎日部屋の色を塗り替えるプロジェクトを実施し、2013年には『Thirteen Colorful Inside Jobs』として展示されました。
バルデッサリは60年以上にわたるキャリアの中で、200回以上の個展と1000回以上のグループ展を行いました。2009年から2011年にかけては、大規模な回顧展がロンドンのテートモダン、バルセロナ現代美術館、ロサンゼルスカウンティ美術館、メトロポリタン美術館を巡回しました。
バルデッサリは、既存のイメージやテキストを組み合わせ、新たな意味を創出する独自の表現方法を確立しました。彼の作品は、美術の既成概念を揺さぶり、多くのアーティストに影響を与え続けています。
生涯と教育
カリフォルニア州ナショナルシティ出身のバルデッサリは、1953年にサンディエゴ州立大学を卒業後、カリフォルニア大学バークレー校とロサンゼルス校で学び、1957年にサンディエゴ州立大学で修士号を取得しました。1959年からは、サンディエゴの教育機関で美術を教え始め、約30年にわたり、スクール、ジュニアカレッジ、コミュニティカレッジ、大学レベルで教鞭をとりました。1968年にはカリフォルニア大学サンディエゴ校、1970年にはカリフォルニア芸術大学（CalArts）で教鞭をとり、デビッド・サーレ、ジャック・ゴールドスタイン、マイク・ケリー、トニー・ウースラー、ジェームス・ウェリング、バーバラ・ブルーム、マット・マリカン、トロイ・ブラウンタッチなど、多くの才能あるアーティストを育成しました。1986年からはカリフォルニア大学ロサンゼルス校で教鞭をとり、2008年まで教鞭を執りました。
作品の特徴
初期のテキストペインティング
バルデッサリは、当初画家としてキャリアをスタートさせましたが、1966年頃からキャンバスに写真やテキストを取り入れるようになりました。初期の代表的な作品には、コンテンポラリーアートの理論に基づく宣言文をキャンバスに描いたものがあります。『Suppose it is true after all? WHAT THEN?』(1967)では、手描きの文章が厚塗りされていますが、『A TWO-DIMENSIONAL SURFACE WITHOUT ANY ARTICULATION IS A DEAD EXPERIENCE』(1967)以降の作品では、主に黒のフォントが使用されています。『Painting for Kubler』(1967–68)は、作品の文脈の重要性を示唆し、鑑賞者に対して作品の鑑賞方法を理論的に指示しています。これは、美術史家ジョージ・クブラーの著書『時のかたち ものの歴史についての覚え書き』からの引用です。
初期作品との決別
1970年、バルデッサリは1953年から1966年までに制作した全ての絵画を仲間とともに燃やし、『The Cremation Project』(1970)という新たな作品にしました。絵画の灰の一部はクッキー生地に混ぜて焼かれ、一部は本を模した骨壺に収められました。この作品は、燃やされた絵画の誕生月と死亡月が刻まれたブロンズ製のプレートと、クッキーの作り方を記したレシピとともにインスタレーションとして展示されました。この火葬の儀式を通して、バルデッサリは芸術行為と人間のライフサイクルとの関連性を提示しました。
テキストとイメージの並列
バルデッサリの最も知られた作品群は、映画のスチル写真などの写真素材を組み合わせた作品です。これらの写真は元の文脈から取り出され、言葉や文章が加えられて新たな形態へと変化します。『Wrong』(1966-1968)シリーズは、アマチュア写真教本からの作例写真とテキストを組み合わせたもので、写真の失敗例とテキストが対比されています。『California Map Project』(1969)では、地図上の「California」の各アルファベットに対応する場所で、文字に似た形状の被写体を撮影しています。『Cigar Smoke to Match Clouds That are the Same (By Sight - Side View)』(1972-73)では、作家がタバコを吸うイメージに「but a cigar is a good smoke」という文章を並べています。これはルネ・マグリットの『イメージの裏切り』(1929)からの引用であり、イメージが対象物それ自体を示すのではなく、言語がその意味を規定するという考えを提示しています。また、ジークムント・フロイトの言葉や、ラドヤード・キップリングの言葉からの引用とも解釈できます。
『Double Bill』(2012)では、ジョヴァンニ・ディ・パオロとデイヴィッド・ホックニー、あるいはフェルナン・レジェとマックス・エルンストなど、二人のアーティストの作品を一枚のキャンバス上で組み合わせ、手描きの要素を加えています。その上で、「…AND MANET」「…AND DUCHAMP」のように、コラボレーションされた二人の作家のうち一人の名前だけをキャンバスの下部に記しています。
偶然のゲーム
バルデッサリは、言語に対する興味はゲームの構造と似ていると述べています。それは、ルールシステムによる偶然と強制です。『Throwing Three Balls in the Air to Get a Straight Line』(1973)は、空に投げた3つのボールが一直線になるように写真を撮ったもので、36回の試行の中から「best of 36 tries」が選ばれています。この36という数字は、標準的な35mmロールフィルムの枚数に基づいています。作家のeldritch Priestは、『Throwing four balls in the air to get a square (best of 36 tries)』(1972-73)をポストコンセプチュアルアートの初期の例として挙げています。この作品は、バルデッサリを評価した最初の人物の一人であるイタリアの出版者Giampaolo Prearoによって1973年に出版されました。
ポインティング（指示）
バルデッサリの多くの作品には、観客に何を見ているのかではなく、どのように選択と比較をするのかを提示する指示性があります。『Commissioned Paintings』(1969)シリーズでは、このポインティングのアイデアを文字通りに用いました。コンセプチュアル・アートは何かを指し示したもの以上ではない、という批評文に基づいて、様々な物体を指差した写真を撮り、それらをアマチュア画家たちに描かせました。出来上がった絵画には「A painting by（作家名）」というキャプションが付け加えられました。この作品では、バルデッサリは振付師のように芸術行為を監督し、芸術の著作者について問題を提起しています。
版画
バルデッサリは1970年代初期から版画作品を制作しています。最初のリトグラフ作品『I Will Not Make Any More Boring Art』(1971)は、ギャラリーの壁に生徒に「I will not make any more boring art」という文章をエンドレスに書かせた有名な展示に関連して制作されました。彼はジェミナイ、Arion Press、Brook Alexander EditionsCirrus Editions、Crown Point Press、Edition Jacob Samuel、Mixografia、Multiples、Peter Blum Editionsなどの出版社を通じて版画を制作しました。『The Fallen Easel』(1988)や『Object (with Flaw)』(1988)では、ファウンドイメージ同士の関係性をより複雑に提示し、その対比によってミステリアスさや不吉さを表現しています。1990年代にはMixografiaで三次元版画を制作し、近年ではGeminiから三枚のレイヤーを重ねた版画シリーズや、アルミダイカストにプリントされた天井設置型の作品を発表しました。また、2008年にはGeminiから出版された版画セット「Artist for Obama」にも参加しました。
パフォーマンスと映像作品
『Unrealised Proposal for Cadavre Piece』は、アンドレア・マンテーニャの『死せるキリスト』を模し、男性の死体を展示棚の中に設置しようとした構想です。2011年にハンス＝ウルリッヒ・オブリストとクラウス・ビーゼンバッハによって実現が試みられましたが、失敗に終わりました。マンチェスター・インターナショナル・フェスティバルでの展示では、死体の入手を試みた経緯についての書類が展示されました。
『Police Drawing』(1971)は、パフォーマンス『Police Drawing Project』のドキュメントフィルムです。この作品では、バルデッサリを見たことがない生徒のクラスにビデオカメラを設置し、似顔絵捜査官が生徒の証言をもとにバルデッサリの似顔絵を描きました。
『I Am Making Art』(1971)では、カメラに向かって様々なポーズをとりながら「I am making art」と述べています。1972年にはソル・ルウィットのコンセプチュアルアートに関する35の文章を歌にした作品や、『Teaching a Plant the Alphabet』(1972)、『Inventory』(1972)などの映像作品を制作しました。『Six Colourful Inside Jobs』(1977)では、展示期間中に毎日部屋の色を塗り替えるプロジェクトを実施し、2013年には『Thirteen Colorful Inside Jobs』として展示されました。
展示
バルデッサリは60年以上にわたるキャリアの中で、200回以上の個展と1000回以上のグループ展を行いました。2009年から2011年にかけては、大規模な回顧展がロンドンのテートモダン、バルセロナ現代美術館、ロサンゼルスカウンティ美術館、メトロポリタン美術館を巡回しました。
バルデッサリは、既存のイメージやテキストを組み合わせ、新たな意味を創出する独自の表現方法を確立しました。彼の作品は、美術の既成概念を揺さぶり、多くのアーティストに影響を与え続けています。
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