ジョン・マクローリン (ハドソン湾会社)

ジョン・マクローリン：オレゴンの父

ジョン・マクローリン（1784-1857）は、19世紀の北米大陸太平洋岸北西部の歴史において極めて重要な役割を果たした人物です。ハドソン湾会社の有力な代理人として広大なコロンビア地区を管轄し、その統治手腕と人間性から「オレゴンの父」として後世に名を残しました。

生い立ちと初期キャリア

マクローリンは1784年、現在のカナダ、ケベック州リビエール・デュ・ルーで、アイルランド、スコットランド、フランスの血を引く家庭に生まれました。幼少期は親族のもとで過ごし、ローマ・カトリックの洗礼を受けた後、聖公会信徒として育ちましたが、晩年に再びカトリックに帰依しています。14歳で医学を学び始め、約4年半の修業を経て1803年に医療免許を取得しました。医師として北西会社に入社し、オンタリオ州ウィリアム砦（現在のサンダーベイ）に赴任。そこで毛皮交易の魅力に惹かれ、やがて自身も毛皮交易業者へと転身します。この過程で現地のインディアンの言葉も習得しました。

彼のキャリアは順調に進み、1814年には北西会社の共同経営者に名を連ねます。しかし、1816年のセブン・オークスの戦いに関連して、レッド川植民地の知事殺害容疑で逮捕されるという困難にも直面しました。彼はインディアンの弁護を行った立場であったと主張され、1818年の裁判では告訴が退けられ無罪となりました。1821年、北西会社とライバルであるハドソン湾会社が合併する際には、その交渉を積極的に推進しました。合併後、一時的にラック・ラ・プリュイー地区の責任者に昇進しています。

太平洋岸北西部の統治

1824年、マクローリンはハドソン湾会社からコロンビア地区（当時のオレゴン・カントリーにほぼ相当）の主任代理人に任命されます。この地域は当時、イギリスとアメリカ合衆国による共同統治下にありました。彼は赴任後、コロンビア川河口に位置していた旧アストリア砦（ジョージ砦）が拠点として不適切であると判断。ウィラメット川河口対岸の地を選び、1825年にバンクーバー砦を建設しました。ここを新たな本部とし、広大な太平洋岸北西部の毛皮交易を統括するようになりました。

バンクーバー砦は、ロッキー山脈からハワイ諸島、そしてロシア領アラスカからメキシコ領カリフォルニアに至る広範な地域におけるハドソン湾会社の活動拠点となりました。マクローリンはインディアンとの良好な関係を維持しつつ交易を監督し、サケや木材などを扱う多様な商業活動も展開しました。彼は最大で34の前進基地、24の港、6隻の船、そして約600人の従業員を指揮しました。ビーバー帽子の流行なども追い風となり、彼の辣腕のもとコロンビア地区は会社に高収益をもたらしました。

マクローリンはその威厳ある外見（身長193cm、白髪）に加え、インディアン、イギリス臣民、アメリカ市民を問わず公平に接する人物として知られていました。彼の妻マルゲリートは、先住民と交易業者の間に生まれたメティでした。また、1834年には難破して太平洋を漂流した日本人船員3名（音吉ら）を救助し、彼らを通じて日本との交易開始を試みるなど、異文化交流にも関心を示しました。彼らは16世紀以来初めてロンドンを訪れた日本人となりましたが、交易の試みは成功しませんでした。

開拓者との関係と論争

1840年代に入り、オレゴン・トレイルを経て多くのアメリカ人開拓者がコロンビア地区に到来するようになります。当時のイギリスとアメリカの関係は緊迫しており、ハドソン湾会社は開拓が毛皮交易の妨げになるとして、公式には入植を奨励していませんでした。しかし、マクローリンは会社の命令に反し、困窮した開拓者たちに食糧や物資を惜しみなく提供しました。彼の援助は、武装した開拓者によるバンクーバー砦への攻撃を防ぐ効果があったとも考えられています。一方で、開拓者の中には彼の動機を利他的なものとみなさず、反感を抱く者もいました。

開拓者の増加に伴い、ハドソン湾会社はコロンビア地区がアメリカ領となる可能性を認識し始めます。総督ジョージ・シンプソンはイギリス側の入植を促進するため、レッド川の開拓者約200名を移住させましたが、マクローリンは彼らをバンクーバー砦周辺に定住させ、コロンビア川南岸への入植を奨励しました。

オレゴン境界紛争が激化し、国境線が北緯49度線に設定される可能性が高まると、シンプソンはマクローリンに本部をバンクーバー島に移すよう命じました。しかし、マクローリンはウィラメット川渓谷との結びつきを重視し、自らは留まることを選びました。その代わりにジェイムズ・ダグラスに命じ、後のビクトリアとなるカモスン砦を建設させました。

オレゴン・カントリーの将来を巡る議論では、1842年に開かれたオレゴン・ライシーアムで弁護士を通じてアメリカ合衆国からの独立国家樹立を提唱するなど、独自の立場を示しました。しかし、この提案は最終的に見送られています。1843年、アメリカ人開拓者たちは暫定オレゴン政府を樹立し、独自の法体系を整備しました。1845年にはイギリス臣民の政府参加も認められますが、マクローリンは開拓者の一部から敵視され続けました。

オレゴンでの晩年と遺産

1846年にハドソン湾会社を辞職したマクローリンは、家族と共にオレゴンシティに移住します。この年、オレゴン条約が批准され、コロンビア地区の北緯49度線以南が正式にアメリカ合衆国のオレゴン準州となりました。オレゴンシティで彼は雑貨店を開き、オレゴン・トレイルを旅してきた開拓者たちに食料や農具を販売しました。彼の店はオレゴン・トレイルの終点として知られるようになりました。

晩年のマクローリンは、ローマ教皇から聖グレゴリー爵位を授与される（1847年）などの栄誉に浴し、1849年にはアメリカ合衆国市民となりました。しかし、長年の敵対者であったサミュエル・R・サーストンの働きかけにより、彼の土地所有権を剥奪する条項が1850年の寄付土地権利法に盛り込まれるという苦い経験もしました（この条項は後に執行されませんでした）。1851年にはオレゴンシティの市長に当選するなど、地元社会での信頼も厚かったことを示しています。

マクローリンは1857年に老衰のため死去し、オレゴンシティの自邸近くに埋葬されました。彼は主任時代、息子の一人を部下に殺されるという悲劇にも見舞われており、加害者が無罪となったことで会社への不満を深めたとも言われています。

彼の功績を称え、オレゴン州では1957年に州議会により公式に「オレゴンの父」の称号が贈られました。1953年にはワシントンD.C.の連邦議会議事堂にある国立彫像ホール・コレクションに彼の銅像が寄贈されています。オレゴン州内には、マクローリンの名を冠した多くの公共施設や通りが存在します。オレゴンシティにある彼の旧居は現在、マクローリン・ハウスとして博物館となり、バンクーバー砦国立歴史史跡の一部として保存されています。

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