ジョー・ルーツ

ロリン・ジョセフ・ルーツ

ロリン・ジョセフ・ルーツ（Rollin Joseph Lutz、1925年2月18日 - 2008年10月20日）は、アメリカ合衆国アイオワ州ケオクク郡出身のプロ野球指導者、元選手（内野手）である。選手としてのメジャー経験は僅かであったが、アメリカ国内の大学やプロ球団で指導者として手腕を発揮。特に日本球界では、広島東洋カープの監督として短期間ながら強烈なインパクトを残したことで知られる。

若き日と指導者への道

高校在学中であった1941年にセントルイス・ブラウンズと契約を結んだものの、高校卒業後は海兵隊に入隊し、第二次世界大戦中は南太平洋戦線に従軍した。戦後にブラウンズと再契約したが、選手としてメジャーリーグの公式戦に出場したのは1951年の14試合に留まった。

現役引退後は、故郷アイオワ州で高校野球、サッカー、バスケットボールといった複数のスポーツの指導にあたった。ダベンポート高校では野球部を州選手権優勝に導き、パーソンズ大学ではアスレチックコーチを務めるなど、アマチュアレベルでの指導者としてのキャリアを積んだ。1968年からは南イリノイ大学のヘッドコーチに就任。就任1年目でチームをカレッジワールドシリーズへ導く功績が評価され、同年のナショナルコーチ・オブ・ザ・イヤーを受賞した。翌年もチームをシリーズに導いた他、女性バットガールの起用や、マウンドへのスカイダイバー着陸など、斬新なアイデアを次々と導入したことでも話題となった。

大学での実績を経て、プロ球界へ復帰。クリーブランド・インディアンスのマイナーリーグチームコーディネーターを務めた後、1972年には打撃コーチに昇格。インディアンスでは1973年までコーチを務めた。また、「コーチおよび選手のためのトレーニング教書」のような著書があるほか、新聞や雑誌でスポーツ評論家としても活動するなど、多角的な顔を持っていた。

広島東洋カープとの出会い

ルーツ氏と日本の野球界との接点は、インディアンスコーチ時代の1972年に訪れた。アリゾナでキャンプを行っていた際、偶然同じ場所でキャンプを張っていた広島東洋カープの指導に携わったことが縁となった。インディアンス退団後、フロリダ州の大学で体育講師を務めていたルーツ氏に対し、広島からオファーがあり、1974年に一軍打撃コーチとして再び来日した。

打撃コーチとして、ルーツ氏は日本の野球、特にキャンプのあり方に疑問を投げかけた。精神論に偏りがちな長時間の練習や、画一的な指導スタイルに対し、「合理性に欠ける」と指摘。キャンプは主力選手の調整の場と位置づけ、初日から実戦形式の練習を取り入れた。また、故障者や若手を厳しく振り分け、戦力となる選手に集中して指導する方針を徹底。「日本のコーチは選手に教えすぎだ」と苦言を呈することもあった。

「球界の革命児」誕生

1975年、広島は長年の低迷から脱却すべく、前年まで3年連続最下位に沈んでいたチームの再建をルーツ氏に託した。ここに、日本球界初のメジャーリーグ出身監督が誕生したのである。ルーツ監督は「集団は確固たる指導方針を持った強烈なリーダーによって変わる」という信念を抱き、その行動は「球界の革命児」と称された。

改革の象徴となったのが、チームカラーの変更である。それまで紺色だった帽子の色を、燃える闘志を表す赤色に一新。これが、後に広島の代名詞となる「赤ヘル」誕生の決定的なきっかけとなった（ユニフォーム全体の赤化は、予算の関係で1977年に実現した）。

ルーツ監督は、選手に対して常に全力を出し切るハッスルプレーを求め、消極的なプレーには一切妥協しなかった。一方で、最初のミーティングで選手たちに「君たち一人一人の選手には、勝つことによって広島という地域社会を活性化させる社会的使命がある」と熱く語りかけるなど、野球を通じて果たすべき役割を説いた。その示唆に富む考え方は、コーチ陣や多くの選手たちに大きな影響を与えた。

チーム編成においても、ルーツ監督は大胆な手を打った。一塁手だった衣笠祥雄を三塁手にコンバート。チームの屋台骨となるセンターラインの重要性を強調し、「闘将」と呼ばれた大下剛史を日本ハムから獲得し、セカンドのレギュラーとしてキャプテンを任せ、精神的な支柱とした。大型トレードも積極的に行い、17人の選手を放出して10人を獲得。特に、メジャーでは一般的だったスイッチヒッターへの転向を高橋慶彦に指示したことは、画期的な試みとして知られる。

その他、投手ローテーションの確立、ベンチへのスポーツドリンク常備、進塁打を評価する査定方法など、ルーツ監督が日本球界に初めて導入したとされる手法は多い。さらに、一軍の移動にグリーン車を導入したり、選手の荷物持ち運びを廃止するなど、選手の待遇改善にも尽力した。

短命に終わった革新

ルーツ監督の改革はオフシーズンから大きな注目を集めたが、日米の野球文化や審判との相互理解の違いから、公式戦に入ると度々衝突が発生した。決定的な出来事は、1975年4月27日の対阪神戦で起きた。佐伯和司投手が投じた球がボールと判定されたことに激昂し、審判に激しく抗議し、接触（暴行）したとして退場を宣告された。ルーツ監督は退場宣告を拒否したが、球団代表の説得に応じ一旦ベンチに戻った。

しかし、その日のダブルヘッダー第2試合の開始を前に、ルーツ監督は選手たちを集め、「今後、私は広島の指揮は執らない」と告げ、そのまま球場を後にした。球団はルーツ監督の慰留に努めたが、「契約でグラウンド上の全権が与えられていたにもかかわらず、球団代表がグラウンドに出てきて説得を行ったのは権限侵害である」と主張し、翻意させることは叶わなかった。結局、ルーツ監督の広島での指揮は、わずか15試合（6勝8敗1分、勝率.429）で終わるという、極めて短命な政権となった。

辞任後の広島と遺したもの

ルーツ監督の突然の辞任後、指揮は野崎泰一監督代理を経て、5月3日から古葉竹識コーチに引き継がれた。ルーツ監督が短期間ながらチームに植え付けた意識改革や、再編成されたチームの骨格は、古葉新監督の下で大きな花を咲かせることとなる。大下、衣笠、山本浩二、水谷実雄、三村敏之、ホプキンスといった野手陣、外木場義郎、池谷公二郎、金城基泰、佐伯和司ら投手陣の活躍により、1975年、広島は球団創設25年目にして待望のセントラル・リーグ初優勝という快挙を達成した。

広島の初優勝が決まった日、すでに帰国していたルーツ氏は、国際電話で教え子たちの偉業を祝福したというエピソードが残されている。その後、ルーツ氏は再び日本を訪れ、優勝メンバーを労った。これは、退団会見で「秋に優勝したら祝福に駆けつけるよ」と選手たちに語った約束でもあった。日本での監督キャリアは志半ばで終わったが、ルーツ氏がもたらした改革は、その後の広島が1986年までに5度のリーグ優勝、3度の日本一といった輝かしい黄金時代を築く礎となったと高く評価されている。

晩年は少年野球の指導に携わるなどしていたが、脳卒中や糖尿病を患い、病との闘いを続けていた。2008年10月20日、ルーツ氏は83歳でその生涯を閉じた。図らずも、この年は広島市民球場が本拠地として使用される最後の年でもあった。短期間ながら日本球界、特に広島に強烈なインパクトを与えたルーツ氏の功績は、今なお多くの人々の記憶に残っている。

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