スティル・ゴット・ザ・ブルーズ

ゲイリー・ムーア『スティル・ゴット・ザ・ブルーズ』

『スティル・ゴット・ザ・ブルーズ』（Still Got the Blues）は、北アイルランド出身のギタリスト、ゲイリー・ムーアが1990年に発表したスタジオ・アルバムです。この作品は、ムーアが自身のルーツであるブルースを探求した意欲作であり、彼のキャリアにおいて最大のヒット・アルバムとなりました。本作の成功を機に、ムーアはブルース色の強い作品を次々とリリースするようになります。全世界での累計売上は300万枚を超えると言われています。

制作背景

1980年代末、ゲイリー・ムーアは自身の音楽の方向性に迷いを感じていました。長年連れ添ったベーシストのボブ・デイズリーによれば、ドイツ公演前の楽屋でブルースブレイカーズの曲をジャム・セッションした際、デイズリーが「ブルース・アルバムを作ってみてはどうか」と提案したことが、本作制作のきっかけになったと言います。ムーアは1980年代初頭に共演したベーシスト、アンディ・パイル（元ブロードウィン・ピッグ、サヴォイ・ブラウン）と共にデモ・レコーディングを開始しました。当初はパイルと共演経験のあるクライヴ・バンカーがドラマーとして参加しましたが、セッションがうまくいかず、最終的にはシンプルな演奏が評価されたグラハム・ウォーカーがドラムを担当することになりました。また、ムーアはリズム・セクションを強化するため、ボブ・デイズリーに加え、シン・リジィ時代に共演したブライアン・ダウニーを一部の楽曲で起用しました。

共同プロデューサーのイアン・テイラーは、ムーアの前作『アフター・ザ・ウォー』（1989年）でエンジニアリングとミキシングを担当しており、本作以降もムーアの作品のプロデュースを続けました。

レコーディングと使用機材

レコーディングでは、主に1988年に購入した1959年製のレスポール・スタンダードが使用されました。「ミッドナイト・ブルーズ」や「ストップ・メッシン・アラウンド」では、かつてピーター・グリーンから譲られたレスポールが使用されています。「テキサス・ストラット」で使用された1961年製のサーモンピンクのストラトキャスターは、1981年にグレッグ・レイクのレコーディング・セッションに参加した際に購入したもので、元々はトミー・スティールが所有していたと言われています。

楽曲について

「オー・プリティ・ウーマン」は、アルバート・キングが1966年のアルバム『ボーン・アンダー・ア・バッド・サイン』で発表した曲のカバーです。アルバート・キングは、本作のバージョンにも参加し、ミュージック・ビデオにも出演しています。

「トゥー・タイアード」は、ジョニー・"ギター"・ワトソンが1955年に発表した曲で、アルバート・コリンズのアルバム『アイス・ピッキン』（1978年）でもカバーされています。アルバート・コリンズは本作のバージョンにゲスト参加しただけでなく、リリースに伴うツアーにも参加し、次作『アフター・アワーズ』（1992年）にも参加しました。一方、ムーアは後にコリンズのアルバム『コリンズ・ミックス〜ザ・ベスト・オブ・アルバート・コリンズ』（1993年）にゲスト参加しています。

ジョージ・ハリスンが提供した「ザット・カインド・オブ・ウーマン」は、当初エリック・クラプトンのアルバム『ジャーニーマン』（1989年）の収録曲候補でしたが、収録されませんでした。クラプトンのバージョンはチャリティ・アルバム『Nobody’s Child: Romanian Angel Appeal』（1990年）で発表されました。ムーアはハリスンの所属バンド「トラヴェリング・ウィルベリーズ」のアルバム『トラヴェリング・ウィルベリーズ Vol.3』（1990年10月発売）収録曲「シーズ・マイ・ベイビー」のレコーディングに参加しています。

「オール・ユア・ラヴ」はオーティス・ラッシュが1959年に発表した曲ですが、ブルースブレイカーズも1966年のアルバム『ジョン・メイオール&ザ・[[ブルースブレイカーズ]]・ウィズ・エリック・クラプトン』で取り上げています。ムーアは友人の家でブルースブレイカーズのバージョンを初めて聴いた際、「一瞬にして人生が変わり、信じがたい啓示を得た」ほどの衝撃を受けたと語っています。

反響と評価

全英アルバムチャートでは26週にわたってトップ100入りし、最高13位を記録しました。リリースから4年半後の1994年9月には、イギリス国内でプラチナ・ディスクの認定を受けています。アメリカでは1991年2月16日付のBillboard 200で83位に達し、自身唯一の全米トップ100アルバムとなりました。1995年11月には、ムーアのアルバムとして唯一RIAAによりゴールド・ディスクの認定を受けています。

オランダのアルバム・チャートでは32週トップ100入りし、うち3週にわたって1位を獲得しました。スウェーデンのアルバム・チャートでは6回（合計14週）連続で1位を獲得し、合計14週トップ40入りしました。ドイツのアルバム・チャートでは、2週にわたって4位を記録し、合計57週トップ100入りするロング・ヒットとなりました。

オールミュージックのDaevid Jehnzenは、5点満点中4.5点を付け、「ムーアの演奏は過去最高で、印象的な技巧と魂を両立した情熱的なフレーズがとめどなく流れている」と評価しています。エリック・クラプトンはアルバム『オールド・ソック』（2013年）で「スティル・ゴット・ザ・ブルーズ」をカバーし、ムーアを追悼しました。この曲に関して、「曲そのものが強力で、改作し甲斐があると思ったから、ジャズ・クラブ風にやってみた」とコメントしています。

その後

収録曲のうち「ミッドナイト・ブルーズ」と「オール・ユア・ラヴ」は、2006年発表のアルバム『オールド・ニュー・バラッズ・ブルース』で再録音されました。「スティル・ゴット・ザ・ブルーズ」のギター・フレーズは、ドイツのバンドJud's Galleryが1974年に作った曲「Nordrach」との類似性が指摘され、後に同バンドのリーダーであるJüergen Winterがムーアを訴え、2008年にムーアが敗訴しています。

このアルバムは、ゲイリー・ムーアのブルースへの情熱と才能が結実した作品として、今もなお多くの音楽ファンに愛され続けています。

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