スティード・ボネット

18世紀初頭、「海賊の黄金時代」を生きた海賊の中に、異色の経歴を持つ男がいました。バルバドス出身のスティード・ボネット（Stede Bonnet、1688年 - 1718年12月10日）です。彼は裕福な地主という恵まれた環境から海賊に転身したため、「海賊紳士（The Gentleman Pirate）」という異名で知られています。

生い立ちと背景

ボネットは1688年、バルバドスで裕福なイギリス人家庭に生まれました。1694年には父の死去に伴い、広大な土地を含む財産を相続し、地主として安定した生活を送ります。1709年にメアリー・アランビーと結婚し、民兵隊の少佐を務めたこともあったようですが、その詳細な活動は明らかではありません。しかし、伝記作家キャプテン・チャールズ・ジョンソンは、彼の不満の多い結婚生活が海賊への道を歩む一因となった可能性を示唆しています。

異例の海賊船長、誕生

1717年夏、航海経験がほとんどなかったにも関わらず、ボネットは突然海賊になることを決意します。当時の他の海賊とは異なり、略奪した船や私掠船を利用するのではなく、自費でスループ船を建造させ、「リベンジ号」と名付けました。さらに、多くの海賊が行っていた略奪品の分配ではなく、乗組員を給与制で雇うという異例の手法をとります。約70人の手下を雇い入れたものの、航海の知識がないボネットは、船の指揮を雇った航海士や操舵手に頼るしかなく、これが後に部下からの尊敬を得られない原因となります。彼はリベンジ号で現在のアメリカ東海岸沿いを略奪し、故郷バルバドスの船にまで焼き討ちをかけるなど、その存在を広く知らしめました。

黒髭との出会いと協力関係

海賊たちの楽園として知られたバハマのナッソーを目指す航海の途中、ボネットはスペイン軍艦との戦闘で重傷を負い、リベンジ号も大きな損傷を受けました。ナッソーで彼は、当時の海賊たちの有力者ベンジャミン・ホーニゴールドと、その腹心である悪名高き「黒髭」ことエドワード・ティーチに出会います。怪我のため自ら指揮を執ることが困難だったボネットは、一時的にリベンジ号の指揮権を黒髭に委ね、自身は彼の客分として行動を共にすることを選びます。二人は共同で海賊行為を行い、デラウェア湾などで多くの船を略奪しましたが、ボネットの指揮への不満から、やがて手下たちは黒髭の配下に移っていきました。ボネットは船長としての地位を失い、黒髭の船に留まることになります。

恩赦と海賊船長への復帰

1718年の夏頃、ボネットはノースカロライナのチャールズ・イーデン総督から、海賊行為からの引退を条件とした恩赦を受け、さらにスペイン船に対する私掠免許も得ました。しかし、黒髭に船の物資や手下の多くを奪われた後、彼は再び海賊として活動することを余儀なくされます。恩赦の取り消しを防ぐため、ボネットは「トーマス船長」という偽名を使い、船名も「ロイヤル・ジェームズ号」に変更しました。この頃には、給与制をやめ、戦利品を分配するという一般的な海賊の慣習を取り入れていたようです。再び海賊行為を開始した彼は、デラウェア湾で多数の船を襲撃し、勢力を回復させました。

捕縛と最期

1718年8月、ボネットは損傷したロイヤル・ジェームズ号の修理のため、現在のノースカロライナ州にあるケープフィア川の河口に停泊しました。この情報がサウスカロライナ植民地に伝わると、ウィリアム・レット大佐率いる討伐隊が派遣されます。数時間に及ぶ激しい戦闘の末、ロイヤル・ジェームズ号は座礁し、ボネットとその手下たちは降伏を強いられました。ボネットはチャールズタウンへ連行され、拘留されました。10月には一時的に脱獄に成功しますが、すぐにサリバン島で再拘束されます。11月10日、彼は副海事裁判所でニコラス・トロット判事の裁きを受け、略奪行為で有罪となります。裁判後、ボネットはジョンソン総督に助命を嘆願し、改心の意思を示すために手足を切ることまで申し出たと言われますが、その願いは聞き入れられませんでした。そして1718年12月10日、チャールズタウンにて絞首刑に処され、その波乱に満ちた生涯を閉じました。

海賊団における立場

ボネットの海賊船長としての権威は、常に不安定でした。彼は海の慣習に疎く、経験豊富な部下やカリスマ性のあった黒髭に依存する場面が多く見られました。裁判では、自身が手下たちを完全に制御できていなかったと主張しましたが、法廷はこれを受け入れませんでした。しかし、黒髭による裏切り後、再び指揮を執るようになった頃には、戦利品の公平な分配や、規律違反者への鞭打ちといった、一般的な海賊船長としての権限を行使した例も記録されています。

後世への影響

ボネットの海賊旗として今日よく知られているデザイン（黒地に頭蓋骨と骨、心臓、短剣）は有名ですが、同時代の確実な史料には見当たらず、後世に attributed された可能性が高いとされています。また、彼が捕虜に板歩きを強制したという伝説も、現代の歴史家の間では根拠に乏しいとされています。しかし、異色の経歴を持つ「海賊紳士」スティード・ボネットの物語は、その後も人々の想像力を掻き立ててきました。小説、ゲーム、映画など様々なフィクション作品で描かれ、近年では彼を主人公にしたコメディドラマ「海賊になった貴族」も制作されるなど、現在も多くの人々に記憶されています。

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