ステイション・トゥ・ステイション

デヴィッド・ボウイによる通算9作目のスタジオ・アルバム、『ステイション・トゥ・ステイション』（Station to Station）は、1976年 1月23日にRCAレコードからリリースされました。前作『ヤング・アメリカンズ』でソウル・ミュージックを大胆に取り入れ商業的な成功を収めた後、ボウイはさらなる音楽的、そして内面的な探求の時期を迎えます。本作は、そのソウル期から、次に大きな転換点となる電子音楽へ傾倒する『ロウ』以降の「ベルリン三部作」への架け橋となる、極めて重要な位置づけの作品とされています。

制作背景と音楽性

アルバムの制作は、ボウイが初めて主演を務めた映画『地球に落ちて来た男』の公開後に始まりました。この映画での経験は彼の内面に大きな影響を与えたと同時に、当時の彼が抱えていた薬物依存による激しい苦悩も、本作に色濃く反映されています。そうした状況の中、ボウイはこれまでのスタイルから脱却し、新たな音楽的アイデンティティを確立しようと模索しました。彼は、「白人アーティストとして、いかに黒人音楽の要素を取り込み、昇華させるか」という問いに向き合い、これをアルバム全体のテーマとして掲げます。

その結果、『ステイション・トゥ・ステイション』は、前作のフィラデルフィア・ソウルを下敷きにしつつも、より実験的で構築的なサウンドへと進化しました。ファンク、R&Bのリズムに、プログレッシヴ・ロック的な長尺の楽曲構成、そして徐々に姿を見せる後のクラフトワークなどから影響を受けた冷たい電子的なテクスチャが融合しています。これは、彼が次にベルリンで取り組むことになる、アンビエントや電子音楽の手法を取り入れた画期的なサウンドへの明確な一歩でした。『ロウ』、『ヒーローズ』、『ロジャー』へと続く、高く評価されることになる「ベルリン三部作」の萌芽が、このアルバムには既に見て取れます。

歌詞と「シン・ホワイト・デューク」

本作の歌詞は、当時のボウイが傾倒していた様々な思想や神秘主義の影響を深く反映しています。ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェの超人思想、神秘主義者アレイスター・クロウリーのオカルト、さらには神話や宗教的なシンボリズムが複雑に織り交ぜられています。これは、彼自身の内面的な混乱や精神的な探求を映し出す鏡のような役割を果たしています。

また、この時期、ボウイは「ジギー・スターダスト」、「アラジン・セイン」に続く新たなペルソナとして、「シン・ホワイト・デューク」（The Thin White Duke、痩せた青白き公爵）というキャラクターを生み出しました。このペルソナは、タキシードをまとい、洗練されていると同時に冷徹で感情を抑制したイメージを持ちます。しかし、このキャラクターに関連して、当時のドイツでのライブパフォーマンスや、アドルフ・ヒトラーを擁護するかのような発言があったとする報道が一部でなされ、ボウイ自身が危険人物視される事態を招きました。特に、ライブで「ジークハイル」を行ったとされる噂は悪名高いですが、実際には車上からファンに手を振っていただけだったという証言もあり、誤解やセンセーショナリズムが含まれていた可能性も指摘されています。

評価と影響

『ステイション・トゥ・ステイション』は、批評家から高い評価を受けています。音楽雑誌『ローリング・ストーン』が選ぶ「オールタイム・ベストアルバム500」の2020年版では、52位にランクインしました。また、イギリスの音楽誌NMEが選んだ「デヴィッド・ボウイの究極の名曲」リストでは、本作から「ゴールデン・イヤーズ」（16位）、「ステイション・トゥ・ステイション」（19位）、「TVC 15」（24位）、「野生の息吹（原題：Wild Is the Wind）」（39位）と、収録曲の半数以上が選出されるなど、楽曲ごとの評価も非常に高いです。

再発売と参加ミュージシャン

このアルバムは、1991年にEMI（米国ではRYKO）からCDとして再発売された際、未発表テイク2曲がボーナストラックとして追加収録されました。

本作の制作には、以下のミュージシャンが参加しています。

デヴィッド・ボウイ - ボーカル、ギター、サックス
カルロス・アロマー - ギター
アール・スリック - ギター
ジョージ・マレイ - ベース
デニス・デイヴィス - ドラムス
ロイ・ビタン - ピアノ
* ウォーレン・ピース（ジェフ・マコーマック） - ボーカル

『ステイション・トゥ・ステイション』は、デヴィッド・ボウイという常に変化を遂げるアーティストのキャリアにおいて、一つの時代が終わりを告げ、次の革新的な時代が幕を開ける、まさに「駅と駅の間」に位置する作品であり、その実験性と深みから今日に至るまで多くのファンやミュージシャンに影響を与え続けています。

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