セクストゥス・プロペルティウス

セクストゥス・プロペルティウス：ローマのエレギア詩人とその不滅の愛

セクストゥス・アウレリウス・プロペルティウス (紀元前50年頃～紀元前15年頃) は、古代ローマを代表するエレギア詩人です。彼の生涯については、作品以外にほとんど情報が残されていませんが、ウンブリア地方出身であることは詩から推測されます。アッシジが彼の生誕地だと主張していることも知られています。

プロペルティウスの詩：愛と喪失の物語

プロペルティウスの最大の功績は、4巻からなる『エレギア』詩集です。この詩集は、当時のローマ社交界で流行していた「エレゲイオン」という詩形で書かれており、主に一人の女性「キュンティア」との恋愛を描いています。

キュンティアは、詩集第1巻の冒頭から登場する謎めいた女性です。その本名はホスティアだったとも、ホスティウスという叙事詩人の子孫だったとも推測されています。プロペルティウスはキュンティアを教養ある女性と賛辞しますが、高級娼婦だった可能性も指摘されています。

彼らの関係は、情熱と嫉妬、喜びと悲しみに満ちたものでした。詩集には、愛の告白、激しい口論、そして最終的な別れまでが克明に綴られています。特に第3巻の終盤では、二人が完全に決別したことが示唆されています。キュンティアは、第4巻が発表される前に亡くなったと考えられています。

第4巻では、キュンティアを主題とした詩は僅か2首しかありませんが、そこに込められた喪失感と未練は深く、読者に強い印象を与えます。キュンティアの幽霊が、自分の葬儀が簡素だったとプロペルティウスを責める場面は、特に痛切です。

新たな方向性：神話と政治への関心

第4巻には、ローマやその歴史的建造物の神話的起源を探る詩も含まれています。これは、アウグストゥスの政策への批判とも解釈できるもので、現代の研究者たちの間でも議論が続いています。また、紀元前16年に亡くなったコルネリア・スピキオの葬儀のために書かれた弔いの詩は、「エレギアの女王」と評されるほどの壮大さと哀愁をたたえています。

プロペルティウスの詩風：大胆な表現と難解さ

プロペルティウスの詩は、唐突な場面転換や、ギリシア・ローマ神話に由来する高度な比喩の使用が目立ちます。彼の独特な表現は、テキストの損傷と相まって、解釈を難しくしています。ジョン・パーシヴァル・ポストゲイトやA・E・ハウスマンといった著名な古典学者たちが、テキストの校訂に尽力しました。

テキストの問題：混乱と解釈の多様性

現存するプロペルティウスの写本は146点ありますが、その多くは12世紀以降のもので、中には支離滅裂な箇所もあります。例えば、第1巻8番は、航海計画の変更前後が逆になっているなど、順序が不自然な箇所が見られます。このような混乱は、写本の誤写によるものか、プロペルティウスが意図的に非線形な表現を用いたためか、様々な解釈がされています。近年では、プロペルティウスが古典文学の規範に反する表現を用いたという見解も示されています。

プロペルティウスの影響：過去から現代へ

プロペルティウスは生前、高い人気を誇っていました。ポンペイの落書きの中に彼の詩が引用されていることからも、その人気が伺えます。中世には忘れ去られたものの、ルネサンス期に再評価され、ペトラルカやアエネアス・シルウィウス（後のピウス2世）といった著名な作家たちに影響を与えました。近現代においても、エズラ・パウンドやヨシフ・ブロツキーといった詩人たちによって、彼の作品は新たな解釈を与えられ続けています。トム・ストッパードの戯曲『The Invention of Love』でも、プロペルティウスが現代における「ロマンティックな愛」の概念形成に貢献したことが示唆されています。

参考文献

Propertius, 'The Poems' (Oxford World's Classics)
David Slavitt, "Propertius in Love: The Elegies" Univ. of Cal. Press (2002)
Vincent Katz, "The Complete Elegies of Sextus Propertius" Princeton University Press (2004)
その他多数

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