セルビア救国政府

セルビア救国政府：ナチス・ドイツの影とセルビアの苦悩

第二次世界大戦中、ユーゴスラビア王国を占領したナチス・ドイツは、1941年、セルビアに傀儡政権「セルビア救国政府」を樹立しました。この政府は、名目上はセルビアの独立を謳ったものの、実際にはドイツ軍政の完全な支配下にありました。中央セルビア、コソボ北部、バナト地方などをその領土とし、ミラン・ネディッチを首相として、ユーゴスラビア国民運動（ZBOR）などのファシスト勢力に支えられました。

ユーゴスラビア侵攻とセルビア救国政府の成立

1941年4月、ドイツと枢軸国はユーゴスラビアに侵攻。ユーゴスラビア王国は解体され、その領土はドイツ、イタリア、ハンガリー、クロアチア独立国、ブルガリアなどに分割されました。セルビアの大部分はドイツ軍の直接支配下におかれ、当初はアチモヴィッチ率いる人民委員政府が置かれましたが、共産主義者ティトー率いるパルチザンによる抵抗運動の激化を受け、ドイツはより強力な傀儡政権の必要性を認識しました。

セルビアの有力者546名によるナチスへの忠誠表明の後、ドイツはネディッチを首班とするセルビア救国政府を樹立。ネディッチは首相となり、旧ユーゴスラビア王国の摂政パヴレ・カラジョルジェヴィチが国家元首として承認されました。しかし、ドイツ軍の戦力はソ連侵攻に集中しており、セルビアにおける治安維持はセルビア人自身の軍事力に大きく依存していました。

権力構造とドイツの支配

セルビア救国政府は、形式上はセルビアの独立を主張しましたが、実質的な権力はドイツ軍政にありました。トゥルナー、ウッペンカンプ、ベンナー、ノイハウゼンといったドイツ軍の軍政官が、セルビアの行政を事実上支配。初期には、ベーメが非常事態権力を掌握し、セルビアを統治しました。ネディッチは、ドイツの占領に法的正当性を与えるための象徴的な存在に過ぎませんでした。

セルビア救国政府の行政と社会

セルビア救国政府は、14の郡と101の自治体にセルビアを分割し、独自の通貨であるセルビア・ディナールを導入しました。また、メディアや文化活動も政府の管理下に置かれ、親ドイツのプロパガンダが展開されました。映画や劇場なども盛んでしたが、それは全体主義体制下での限られた表現の自由でした。

しかし、セルビア救国政府の支配は、ドイツの人種政策と密接に結びついていました。ユダヤ人やロマ、反ナチスのセルビア人は迫害され、強制収容所に送られました。バナト地方では、ドイツ系住民による自治が認められ、事実上のドイツ支配が行われました。

抵抗運動と協力者

セルビア救国政府は、パルチザンやチェトニックといった抵抗勢力からの激しい抵抗に直面しました。ドイツ軍は抵抗勢力に対する報復として、クラグイェヴァツやクラリェヴォでの大虐殺を行い、多くのセルビア市民を殺害しました。これによって、セルビア人たちのネディッチ政権への反発はさらに強まりました。

セルビア救国政府は、セルビア国家防衛隊やセルビア義勇軍団（後にセルビアSS軍団となる）といった協力的な軍事組織を擁していました。しかし、これらの組織は、パルチザンとの戦いや、ユダヤ人や他の民族に対する弾圧にも加担しており、戦後、その行為は歴史的議論の的となっています。

ネディッチとセルビア人の選択

ミラン・ネディッチは、セルビアの完全な破壊を避け、セルビア国民を可能な限り守ろうと試みたとする見解もあります。しかし、彼の協力はドイツの占領体制を維持することに繋がり、セルビア国民の大多数からは支持されませんでした。セルビア国民は、ナチス・ドイツと協力する政府と、パルチザンやチェトニックの抵抗運動の間で難しい選択を迫られました。

戦後の評価と現代

戦後、セルビア救国政府は崩壊し、ネディッチは処刑されました。セルビア救国政府の協力者やその行為に対する歴史的評価は、現在でも議論が続いています。2008年には、ネディッチの名誉回復を求める動きもありましたが、これはセルビア社会で大きな反発を呼びました。

セルビア救国政府は、ナチス・ドイツの占領政策と、セルビア国民の苦悩、そして複雑な抵抗運動の歴史を象徴する存在です。その歴史を深く理解することは、第二次世界大戦とバルカン地域の複雑な歴史を理解する上で不可欠です。

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