センチメンタルな旅

センチメンタルな旅：写真家・荒木経惟の軌跡と愛の記録

1971年、写真家・荒木経惟によって世に送り出された写真集『センチメンタルな旅』。この作品は、単なる旅行記の写真集ではなく、荒木自身の表現者としての宣言、そして愛する妻への深い愛情が凝縮された、稀有な一冊と言えるでしょう。

本書は、荒木経惟と妻・陽子さんの新婚旅行、京都と福岡柳川での日々を記録した写真の数々で構成されています。1000部限定、1000円という価格で自費出版されたことから、長らく幻の写真集として知られ、古書市場では高額で取引されるほどに希少価値の高い作品となりました。

当時、荒木経惟は紀伊国屋書店にこの写真集を置いてもらうため、社長の田辺茂一氏を訪ねます。その際、序文を付けることを勧められ、急遽左手で書き上げた文章が挿入されました。これが、後に「私写真家宣言」と呼ばれることになる、彼の揺るぎない表現者としての意志表明です。

この写真集の稀少性に加え、写真家としての荒木の初期の作風、そして新婚旅行という個人的な体験が凝縮されている点も、高い評価を得ている理由と言えるでしょう。作品からは、新婚の喜びと幸せ、そして日常の何気ない瞬間が、荒木独特の視点で切り取られ、独特の感性が感じられます。

2001年には、ドイツの出版社Steidlから、森山大道、中平卓馬らの作品と共に『The Japanese Box』として復刻され、海外でも高い評価を受けました。また、1997年には飯沢耕太郎氏の解説を付した書籍『写真集をよむ ベスト338完全ガイド』の中で、全写真が紹介されるなど、日本の写真史における重要な作品として広く認知されるようになりました。

さらに、荒木夫妻の共著エッセイを原作とする映画『東京日和』（竹中直人監督・主演）では、この『センチメンタルな旅』に収められた、柳川の小舟で眠る陽子さんの写真が再現されたシーンが登場するなど、広く文化的な影響を与え続けています。

『センチメンタルな旅』は、単なる写真集という枠を超え、写真家としての荒木経惟の出発点であり、同時に、妻・陽子とのかけがえのない時間を記録した、貴重な個人的な記録です。その稀少性と芸術性から、現代においても高い評価を受け続け、多くの写真愛好家から注目を集め続ける、まさに「幻の写真集」と言えるでしょう。

関連書籍

荒木経惟は『センチメンタルな旅』以外にも、幾つかの関連書籍を発表しています。

『続 センチメンタルな旅 沖縄』: 1971年10月、私家版として刊行。沖縄返還前の沖縄で撮影された、ドキュメンタリー的な要素を持つ作品。
『10年目の『センチメンタルな旅』』: 1982年、冬樹社から刊行。結婚10周年を記念してパリ、スペイン、アルゼンチンを旅行した記録。
* 『センチメンタルな旅・冬の旅』: 1991年2月、新潮社から刊行。陽子さんの死期を間近に控えた時期に撮影された、心揺さぶる作品。この作品にまつわる篠山紀信氏とのエピソードは写真界においても大きな話題となりました。

これらの作品群は、荒木経惟の芸術性と、妻・陽子さんとの深い愛情、そして人生の大きな変化を記録した、貴重な証となっています。

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