ゼノン (東ローマ皇帝)

ゼノン：動乱の時代を生き抜いた東ローマ皇帝

ゼノン（426年 - 491年4月9日）は、東ローマ帝国の皇帝として、その治世（474年 - 491年）は数々の陰謀と内乱に彩られました。彼はアナトリア半島イサウリア地方の少数民族出身であり、旧名をタラシコデッサといいました。

生涯

即位以前

ゼノンの初期の経歴は不明な点が多いですが、460年代に東ローマ皇帝レオ1世によってその能力を認められ、重用されるようになりました。466年には、レオ1世と不仲であった将軍アスパルの長男アルダブリウスをサーサーン朝との内通の疑いで告発し、レオ1世の信頼を勝ち取ります。この功績により、レオ1世の娘アエリア・アリアドネと結婚し、ギリシア語で「ゼノン」と名乗るようになりました。467年にはレオ2世が誕生し、まもなくゼノンはトラキアの軍司令官、そして最高官職である執政官にも就任しました。

しかし、469年にトラキアでの反乱鎮圧に失敗し、軍司令官を罷免されるという失態を犯します。レオ1世もまた、アスパルを失脚させた後、ヴァンダル族討伐の遠征に失敗し、アスパルの名声が再び高まります。471年、ゼノンはコンスタンティノープルの市民を扇動し、アスパルとアルダブリウスを殺害し、ライバルを排除しました。474年にレオ1世が死去すると、ゼノンはレオ2世とともに皇帝を名乗りますが、レオ2世はまもなく亡くなります。

即位後

即位当初から、ゼノンの地位は不安定でした。コンスタンティノープルの市民はイサウリア人を野蛮人とみなし、貴族たちはゼノンを成り上がり者と軽蔑しました。軍隊内にも、ゼノンが殺害したアスパルと関係の深いゴート人の兵士が多くいました。

バシリスクスらによる反乱（475年）

即位間もない475年、ゼノンに対する大規模な反乱が勃発します。レオ1世の妻ウェリナ、その弟バシリスクス、甥のアルマトゥス、そしてゼノンの盟友であったイサウリア人の将軍イルスらが反乱に加わりました。ゼノンは反乱軍との対決を避け、イサウリアへ逃亡します。反乱軍はコンスタンティノープルに入城しますが、内部分裂が生じます。バシリスクスが皇帝を名乗り、ウェリナの愛人を処刑したことで、ウェリナとの関係が悪化。また、バシリスクスがイサウリア人を虐殺したことが、イルスを不満にさせました。最終的に、テオドリック・ストラボがバシリスクスの陣営を離脱し、イルスもゼノンに寝返り、共にコンスタンティノープルへ進軍を開始。ゼノンはアルマトゥスを寝返らせ、476年にコンスタンティノープルに入城し、バシリスクスとマルクスを処刑しました。

西ローマ帝国におけるロムルス・アウグストゥルスの廃位（476年）

476年には、西ローマ皇帝ロムルス・アウグストゥルスが廃位され、西ローマ帝国が事実上滅亡します。ゼノンはロムルス・アウグストゥルスを正当な皇帝とは認めておらず、西ローマ帝国の帝冠と紫衣がコンスタンティノープルに届けられた際、「もはや西方担当の皇帝は必要ない」とする元老院の決議を受け入れました。そして、ロムルス・アウグストゥルスの廃位に貢献したオドアケルをパトリキに任じ、イタリアの統治を委ねました。これにより、東ローマ帝国の皇帝であるゼノンがローマ帝国で唯一の皇帝となりました。

レオンティアとマルキアヌスらによる反乱（479年）

479年、レオ1世の娘レオンティアとその夫マルキアヌスがゼノンに対して反乱を起こします。反乱軍は一時コンスタンティノープルの掌握に成功しましたが、イルスの活躍によって鎮圧され、マルキアヌスは追放されます。この反乱を機に、ウェリナがイルスの暗殺を企てますが失敗に終わり、ウェリナは捕らえられます。その後、ウェリナの娘でありゼノンの妻であるアエリア・アリアドネが母の解放を求めるも、イルスが拒否したため、アリアドネはイルスの殺害を企てます。イルスはゼノンと相談し、東方軍司令官としてコンスタンティノープルを離れます。

イルスとレオンティウスらによる反乱（484年）

484年、イルスはウェリナとロンギヌスを人質にとったまま、レオンティウスを皇帝に擁立し、再びゼノンに対して反乱を起こします。ゼノンはイルスを解任し、ヨハネスを東方軍司令官に任命、討伐を命じます。イルスとレオンティウスはイサウリアで籠城し、ヨハネスは4年を費やして鎮圧しました。

テオドリックとの不和（486年）

ゼノンは、イルスとレオンティウスの反乱において、テオドリックの裏切りを警戒し、彼を宮廷に留め置きました。このことがテオドリックの感情を害し、486年にテオドリックはトラキアを荒らし回り、コンスタンティノープルを包囲しました。和解の末、ゼノンはテオドリックにイタリアの支配を委ね、オドアケルの討伐を依頼しました。488年にテオドリックはイタリアに向けて出発し、491年にゼノンは波乱に満ちた生涯を終えました。

宗教政策

当時の東ローマ帝国は、コンスタンティノープルでは両性説が、地方では単性説が優勢でした。ゼノンは単性説に同情的でしたが、カルケドン公会議の決定も無視できず、両性説と単性説の中間を模索しました。

482年、ゼノンは『信仰統一勅令』（ヘノティコン）を発布し、両説の折衷を図りました。しかし、この勅令は両派閥を満足させることができず、ローマ教皇フェリックス3世は勅令を無効とし、コンスタンティノープル総主教アカキオスを破門しました。これにより、東西教会の断絶（アカキオスの分離）が30年以上続くことになりました。

逸話

ゼノンは棺に入れられた後、息を吹き返し、3日間「許してくれ！」と叫んだものの、人々は彼を憎んでいたため無視し、そのまま葬ったという逸話が残っています。

ゼノンの治世は、内乱と陰謀、そして宗教的な対立が絶え間なく続いた時代でした。その中で、彼は自身の地位を守り抜き、東ローマ帝国を維持しました。彼の生涯は、動乱の時代を生き抜いた一人の皇帝の物語として、後世に語り継がれています。

もう一度検索