ソロミヤ・クルシェルニツカ

ソロミヤ・クルシェルニツカ：世界を魅了したウクライナの歌姫

ソロミヤ・アムヴロシーヴナ・クルシェルニツカ（1872年 9月23日 - 1952年 11月16日）は、20世紀前半を代表する傑出したソプラノ歌手として、国際的なオペラ界でその名を馳せました。生前は「世界で最も優れた歌手の一人」と称され、特に「ワーグナーの歌姫」として知られています。彼女の才能と実績は、エンリコ・カルーソーやフョードル・シャリアピンといった同時代の巨匠たちからも尊敬を集めました。イタリアの作曲家ジャコモ・プッチーニは、自作のオペラ『蝶々夫人』を成功に導いたクルシェルニツカに感謝し、自身の肖像画に「最も美しく魅力的なお蝶へ」と書き添えて贈ったエピソードは有名です。今日のウクライナでは、歴史上最も重要な女性の一人として、その功績が称えられています。

音楽への目覚めと初期のキャリア

現在のウクライナ、ガリツィア地方の村に生まれたソロミヤは、ウクライナ東方カトリック教会の司祭であった父アンブロシー・クルシェルニツキーのもと、大家族の中で育ちました。一家はしばしば転居を繰り返し、幼いソロミヤは旅先で出会う多くのウクライナ民謡を吸収していきました。テルノーピリ郊外の村に落ち着いた後、彼女は早くから歌唱の才能を示し、地元の音楽学校や古典ギムナジウムで基礎を学びました。特にギムナジウムでは、後にガリツィア初のプロ音楽家となるデニス・シチンスキを含む学生音楽グループと親交を深めました。1883年、テルノーピリでのコンサートで合唱隊の一員として初めて公の場で歌声を披露し、これが彼女のキャリアの第一歩となりました。また、テルノーピリを訪れるウクライナ対話劇場の公演を通じて、オペラを含む舞台芸術の世界に触れ、舞台への憧れを募らせました。

1891年、ガリツィア音楽協会リヴィウ音楽院に入学すると、その非凡な歌唱力はすぐに認められ、当時著名な教授だったヴァレリー・ヴィソツキに師事しました。音楽院在学中には、ヘンデルのオラトリオ『メサイア』やミコラ・リセンコの歌曲で独唱を披露し、好評を博しました。1893年4月15日、マリア・ザンコヴェツカ劇場の舞台でドニゼッティのオペラ『ラ・ファヴォリート』のレオノーラ役を演じ、オペラ歌手として正式にデビュー。マスカーニの『カヴァレリア・ルスティカーナ』のサントゥッツァ役でも成功を収め、同年リヴィウ音楽院を卒業しました。

国際的な舞台での活躍

リヴィウでの成功後、イタリアの歌手ジェンマ・ベリンチョーニの勧めもあり、クルシェルニツカは1893年秋に声楽のさらなる研鑽のためミラノへ渡りました。父が借金をして工面した費用を手に、ファウスタ・クレスピのもとで学び、それまでのメゾソプラノからリリック・ドラマティック・ソプラノへと声種を転向させました。続く3年間は、イタリアでの学びに必要な費用を稼ぐため、定期的にリヴィウ・オペラと契約して帰郷するという生活を送りました。

その後、彼女は世界各地の主要な歌劇場で活躍の機会を得ました。オデッサ、ワルシャワ、サンクトペテルブルク、パリオペラ座、ナポリ、カイロ、ローマなど、その活動範囲は欧州にとどまらず、エジプト、アルジェリア、南米にも広がりました。特に1904年、ミラノ・スカラ座での初演が不評に終わったプッチーニの『蝶々夫人』を、3か月後のブレシアでの改訂版上演で主演し、見事な成功に導いた功績は特筆されます。ミラノ留学中、彼女は1日に6時間以上を声楽、演技、役の準備、語学学習に充て、休息日には博物館や劇場を訪れるなど、多忙かつ充実した日々を送りました。故郷の出来事や文化、読書について友人たちと盛んに手紙を交換し、ウクライナへの強い絆を保ち続けました。

クルシェルニツカは驚異的な速さで新しい役を習得し、そのレパートリーは63役に及びました。同時代の作曲家リヒャルト・ワーグナーの作品普及にも熱心で、パリやミラノでのワーグナー作品への出演は高い評価を得ました。1906年には、ミラノ・スカラ座でアルトゥーロ・トスカニーニ指揮によるリヒャルト・シュトラウスのオペラ『サロメ』に出演し、大きな称賛を集めました。

1910年、クルシェルニツカはイタリア人の弁護士でヴィアレッジョ市長を務めていたアルフレド・アウグスト・リッチョーニと結婚しました。1920年、キャリアの頂点にある中でオペラ界から身を引き、その後はコンサート歌手として活動を続けました。8か国語を操る彼女は、多言語の歌曲をプログラムに取り入れ、特にウクライナ民謡や自国の作曲家の作品を積極的に紹介しました。西ヨーロッパ、カナダ、アメリカ合衆国を巡るコンサートツアーは、大成功を収めました。

波乱の晩年と受け継がれる遺産

1907年に母を亡くす前、クルシェルニツカは家族の勧めもあり、故郷リヴィウに自宅を購入しました。これは自身の帰郷時の滞在先として、また余命いくばくもない母や大家族のために快適な場所を提供するためでした。1903年に購入されたこの建物は、後に親類が管理し、リヴィウの文化人や芸術家が集まる「音楽の岩屋」として知られるようになりました。作家のイヴァン・フランコも晩年この家で暮らしました。

夫を亡くした後の1939年8月、クルシェルニツカはイタリアを離れてリヴィウに戻ります。しかし、帰国からわずか数週間後に第二次世界大戦が勃発し、独ソによってポーランドが分割され、リヴィウは激しい戦闘と占領、そしてソビエトの過酷な抑圧を経験することとなります。自宅も当局に接収され、姉妹と共に狭いスペースでの生活を余儀なくされました。この困難な時期、彼女は足を骨折し、ほとんど自宅に閉じこもって過ごしました。その後、ドイツ占領を経て、1944年に再びソビエトの支配下に入ると、クルシェルニツカはいわゆる「鉄のカーテン」の向こう側で芸術家としての後半生を送ることとなります。かつて世界の舞台を駆け巡った彼女は、リヴィウで声楽教師として指導を開始し、母校であるリヴィウ音楽院の教授に就任しました。1951年にはウクライナ芸術功労者の称号を得ています。ソロミヤ・クルシェルニツカは1952年 11月16日にリヴィウで死去し、リチャキフ墓地に友人イヴァン・フランコの墓の向かいに埋葬されました。

彼女の偉大な功績は、現在もウクライナで広く顕彰されています。リヴィウのオペラ・バレエ劇場や高等音楽寄宿学校は彼女の名を冠しており、記念の博物館や像、記念硬貨や切手も発行されています。また、彼女の生涯を描いた映画やドキュメンタリー、演劇が制作され、国内外でコンクールや音楽祭が開催されています。ソロミヤ・クルシェルニツカは、ウクライナの誇るべき文化的遺産として、今後も長く記憶され続けるでしょう。

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