ゾフィー・メンター

ゾフィ・メンター

ゾフィ・メンター（Sophie Menter, 1846年 7月29日 – 1918年2月23日）は、19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したドイツの著名なピアニストであり、若干の作曲も手掛けた音楽家です。彼女は、その情熱的かつ技巧に富んだ演奏様式によって聴衆を熱狂させ、同時代において最高のヴィルトゥオーゾの一人として国際的な名声を得ました。特にパリでは、師であるフランツ・リストの再来として、「リストの権化」を意味する`l'incarnation de Listz`と称されるほどでした。

生涯

メンターは1846年、ミュンヘンに生まれました。父ヨーゼフ・メンターはチェリスト、母ヴィルヘルミーネ・ディーポルトはオペラ歌手という音楽一家の出身です。幼少よりピアノに親しみ、当初ジークムント・レーベルトに、その後フリードリヒ・ニーストについて研鑽を積みました。わずか15歳で、フランツ・ラハナー指揮のもと、カール・マリア・フォン・ウェーバーの《コンツェルトシュテュックヘ短調》を演奏し、鮮烈なデビューを飾りました。デビュー後、彼女はシュトゥットガルトやフランクフルト、スイスなどを巡る演奏旅行を行い、着実にキャリアを築きます。1867年には音楽の都ライプツィヒにあるゲヴァントハウスで演奏し、特にフランツ・リストの作品解釈で高く評価されるようになります。

ベルリン滞在中には、リストの優れた弟子として知られるカール・タウジヒと出会い、さらにハンス・フォン・ビューローからも指導を受けました。そして1869年、念願叶ってフランツ・リストに師事することとなります。リストはメンターを深く寵愛し、「ピアノ界でただ一人の愛娘」と呼び、「彼女に肩を並べる女性はいない」と公言してその才能を称賛しました。リスト自身が認めた数少ない、そして唯一の女性ピアニストとして、メンターは特別な存在でした。

私生活では、1872年から1886年にかけて、著名なチェリストで作曲家でもあるダーヴィト・ポッパーと結婚生活を送りました。しかしこの結婚は後に破綻しています。

メンターは国際的な活動も活発に行いました。1881年には初めてイギリスを訪れ、その演奏は高い評価を受けました。その功績が認められ、2年後の1883年にはロイヤル・フィルハーモニー協会の名誉会員として顕彰されています。また、同年の1883年にはサンクトペテルブルク音楽院のピアノ教授に迎えられましたが、教育活動よりも演奏への情熱が勝り、1886年にはその職を辞して再び演奏活動に専念しました。

晩年はミュンヘン近郊のシュトックドルフで過ごし、1918年に71歳でその生涯を閉じました。

評価と受容

ゾフィ・メンターの演奏は、その圧倒的な技巧と劇的な表現力で同時代の聴衆を魅了しました。師であるリストは彼女を「ピアノ界でただ一人の愛娘」と呼び、特に豊かな表現力を持つ彼女の「歌う手」を高く評価したと伝えられています。音楽評論家であり自身もピアニスト、作曲家であったヴァルター・ニーマンは、メンターの演奏スタイルを「超絶技巧と優雅さの融合」「大きく円やかで豊かなリストばりの音」「火のように烈しい気性」「鍵盤をつかむ男勝りの力強さ」「柔軟性」「首尾一貫して際立った造形力」といった言葉で形容し、彼女の演奏が「気魄と技巧とが渾然一体となって創り上げられている」と評しています。

劇作家としても知られるジョージ・バーナード・ショーは、1890年に彼女の演奏を聴いて感銘を受け、その「荘厳な印象」は同時代の人気ピアニスト、パデレフスキを遙かに凌ぐと記しました。ショーはまた、彼女の演奏が非常に「すばしこく」感じられるにも関わらず、それは単に速いだけでなく、一音一音の打鍵や音楽的な意味合いが極めて明確であるからこそ、聴衆に強烈な印象を与えるのだと分析しています。

メンターはその絶大な人気ゆえに、他のピアニストが演奏を躊躇するような難度の高い楽曲でも、臆することなく取り上げ、成功を収めることができました。一例として、フランツ・リストの《ピアノ協奏曲変ホ長調》が挙げられます。この曲は世界初演が不評に終わったにも関わらず、メンターは1869年にウィーンでこの作品を取り上げ、初演から12年の時を経て再評価に繋げた功績は大きいとされています。また、あるリサイタルでは、「狂詩曲」と銘打たれた作品群のみでプログラムを構成し、リストの《ハンガリー狂詩曲》から3曲を含む意欲的な試みを行い、大きな話題を呼びました。

作曲家としては、主に自身の演奏会で披露するための華麗な様式のピアノ曲を作曲しました。しかし、その創作活動については、演奏技巧を披露するためのものが多く、作曲家としての独創性や才能については、残念ながら当時の評論家から「お粗末」と評されるなど、厳しい評価を受けることが多かったようです。

チャイコフスキーとの交流

ゾフィ・メンターは、ロシアの偉大な作曲家ピョートル・チャイコフスキーと非常に親しい間柄でした。チャイコフスキーはメンターの芸術を深く尊敬しており、彼の作品である《協奏的幻想曲ト長調》のオーケストラ総譜を彼女に献呈しています（ただし、この作品の初期のピアノ譜は別の著名なピアニスト、アンナ・エシポワに献呈されています）。

特に有名なエピソードとして、1892年9月にチャイコフスキーがオーストリアに滞在した際、メンターが作曲したとされる《ハンガリーのジプシーの旋律（Ungarische Zigeunerweisen）》に魅了されたことが挙げられます。チャイコフスキーはこの作品を「ハンガリー様式の協奏曲」と題して、ピアノと管弦楽のための形に編曲（オーケストレーション）しました。この編曲版は、その約4ヵ月後の1893年2月、オデッサでチャイコフスキー自身の指揮により初演され、成功を収めました。

しかし、《ハンガリーのジプシーの調べ》については、メンター自身の作曲ではなく、師であるフランツ・リストが若い頃に作曲した未発表の作品であったか、あるいは少なくともリストが作曲に大幅に関与した作品ではないかという説が当時から根強く存在しています。メンターがチャイコフスキーに対してその事実を伏せていた可能性も指摘されており、この作品の真の authorship を巡る議論は続いています。メンターとリストが非常に親密な関係にあり、リストとの間に子供をもうけていた事実を鑑みれば、リストが未発表の作品を提供した、あるいは作曲に大きく関与したという可能性は十分に考えられます。実際、世界的なリスト研究家であり、リストの全ピアノ作品録音を初めて成し遂げた大家レスリー・ハワードも、自身の全集においてこの作品をリストの作曲として扱っており、この説には一定の説得力があります。

ゾフィ・メンターは、リストとの間にもうけた子供を通じて、現在ピアニスト・作曲家として活動するミヒャエル・アンドレアス・ハリンガー（2001年生）という子孫を残しており、彼女の音楽的な血筋は現代にも受け継がれています。ヴィルトゥオーゾとして一時代を築いた彼女の演奏は、残念ながら録音によって現代に直接伝えられることはありませんが、同時代の評や文献を通じて、その圧倒的な存在感を今日に伝えています。

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