タネツケバナ

タネツケバナ（種漬花、種付花）

アブラナ科タネツケバナ属に分類される植物の一種で、学名を Cardamine occulta といいます。水田をはじめとする水辺や湿った場所に群生する、ごく身近な雑草として知られています。日本では北海道から南西諸島まで広く分布しており、アジアの農耕地域でもよく見られます。和名「タネツケバナ」は、稲の種籾を水に浸して苗代の準備を始める頃に、白い小さな花を咲かせることに由来するとされています。地域によってはタガラシ、ミズガラシ、コメナズナといった別名でも呼ばれ、中国では湾曲砕米薺（わんきょくさいべいせい）と呼ばれます。

分類上の変遷

タネツケバナの学名については、長らく混乱が見られました。以前はヨーロッパを中心に北半球に広く分布する Cardamine flexuosa と同一視され、その学名が適用されてきた経緯があります。しかし、京都大学の工藤洋氏らの2006年の研究により、C. flexuosa がヨーロッパの山間部、特にブナ林やトウヒ林の林縁などに生育するのに対し、日本を含むアジアに分布するタネツケバナは、水田やそれに類似した農耕地周辺を主な生育場所としており、両者の生態的な分布が大きく異なることが明らかになりました。また、地理的にも連続性が見られません。さらに、Lihová氏らによる同年の研究では、C. flexuosa が2n=32の4倍体であるのに対し、タネツケバナは2n=64の8倍体であることが判明しました。これらの形態や生態、そして遺伝的な違いが明らかになったことを受け、Marhold氏らによって2016年に発表された分類では、アジアに分布するタネツケバナは独立した種として扱われることとなり、タネツケバナ属の8倍体の中で最初に命名された学名 Cardamine occulta が採用されることになりました。この学名は、デンマークの植物学者イェンス・ヴィルケン・ホルネマンが、コペンハーゲン植物園で中国産のタネツケバナを栽培して命名したものです。

生態と特徴

タネツケバナは、全体に柔らかい質感を持つ越年草または一年草です。主に10月頃に発芽し、地面に葉を放射状に広げたロゼットの状態で冬を越し、春になると花茎を伸ばして花を咲かせます。稲刈り後の水田で発芽し、翌春に稲の種籾を水につける時期に開花するというサイクルは、水田の稲作暦に巧みに適応していると言えます。草丈は生育環境によって差があり、10センチメートル程度から大きいものは40センチメートルほどになります。茎は下部から枝分かれし、しばしば暗紫色を帯びます。葉は互い違いにつき（互生）、特に茎の根元や下部に集中してつきます。葉は一回羽状複葉で、深く裂けて小葉に分かれています。下のほうにつく葉は通常7〜10枚の小葉からなり、それぞれの小葉は丸みを帯びた五角形ですが、その形には変異が多く見られます。一番先端にある頂小葉が最も大きいのが特徴です。

花期は早春から初夏にかけての3月から5月頃です。茎の先端に総状花序を形成し、直径数ミリメートルの白色の小さな花を10〜20個ほどつけます。花弁は4枚の十字形花で、雄しべも4本あります。花が終わると、長さ2センチメートルほどの棒状の果実（長角果）が上向きに形成されます。果実が熟すと、弾けるように2つに裂けて種子を飛ばします。生育が良いものは、小型のクレソンに似て見えることがあります。

利用

タネツケバナは、古くから食用や薬用として利用されてきました。

食用

冬を越した葉や、早春に伸び始めた若い芽を食用とします。採取できる時期は12月から5月頃までですが、特に関東地方以西では3月頃、東北地方以北では3月から4月頃が適期とされています。花が咲く前の、ロゼット状に広がった柔らかい若芽は根際からナイフで切り取り、茎が伸びてきた場合は、先端の柔らかい葉や茎を摘みます。タネツケバナはアクが少なく、持ち味は辛味です。軽く茹でて水にさらしてから、おひたしや和え物、煮びたし、汁の具などに利用できます。また、塩味や醤油味をつけて炊いたご飯に混ぜて菜飯にするのも美味です。生でも食べることができ、天ぷらやサラダ、肉料理の付け合わせにも向いています。小さな白い花も集めて、サラダの彩りにすることができます。食味は、ピリッとした辛味とともに、クレソンにも似た爽やかな風味やほのかな苦味があります。水のきれいな冷たい場所で育ったものほど辛味が強いと言われていますが、加熱すると苦味が増すことがあるため注意が必要です。近縁種のオオバタネツケバナやミズタネツケバナ、帰化植物のミチタネツケバナも同様に食用にできます。春の七草として知られるナズナと間違われることがありますが、果実の形が異なるため見分けるのは難しくありません。万が一間違えて食べてしまっても毒性はないため、健康上の実害はありません。

アイヌの人々の間では、鮭と相性が良いことから「シペキナ」（鮭の草）と呼ばれ、鮭料理の香辛料として利用されてきました。北海道では「アイヌ山葵」という呼び名でも知られています。

薬用

夏に採取したタネツケバナの全草を天日で乾燥させたものは、生薬として「砕米薺（さいべいせい）」と称されます。かつては咳止めや利尿剤として民間療法に用いられていました。下痢や膀胱炎に対して、乾燥させた全草を煎じて服用する民間療法も伝わっています。熱を冷ます効果があるとされ、肛門や尿道に熱感がある場合に良いとされます。ただし、妊婦への服用は禁忌とされています。

タネツケバナは、2月3日と3月7日の誕生花とされています。

近縁種

タネツケバナに姿が似た植物はいくつかあり、オランダガラシ（クレソン）やオオバタネツケバナなどが挙げられます。オランダガラシは野菜として栽培されますが、日本で野生化しているものもあります。タネツケバナと同様に、水の冷たい場所で育つと辛味が強くなり、水温が低い環境では小型化してタネツケバナとよく似た姿になることがあります。山の渓流沿いなどには、タネツケバナよりも大型になるオオバタネツケバナが生育しています。オオバタネツケバナは草姿がクレソンと非常によく似ており、辛味や香りがタネツケバナよりも強く、より美味しいとされることもあります。

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