ダナエ (ティントレット)

ティントレットの傑作『ダナエ』

『ダナエ』（伊: Danae, 仏: Danaé, 英: Danaë）は、ヴェネツィア派の巨匠ティントレットが1570年頃に制作した油彩画です。ギリシア神話の登場人物、アルゴスの王女ダナエを題材としています。ダナエは、予言により幽閉されたものの、ゼウスが黄金の雨となって彼女と交わり、英雄ペルセウスを産んだとされる物語の主人公です。

この絵画は、初代バッキンガム公爵ジョージ・ヴィリアーズや神聖ローマ皇帝フェルディナント3世など、著名なコレクターの手を経て、現在はフランスのリヨン美術館に所蔵されています。

神話の物語

神話によると、ダナエはアルゴス王アクリシオスの娘として生まれました。アクリシオスは、自身の孫によって殺されるという神託を受けたため、娘を塔に幽閉しました。しかし、ゼウスは彼女に恋をし、黄金の雨となって彼女に降り注ぎ交わります。その結果、ダナエはペルセウスを出産。アクリシオスは、ダナエとペルセウスを箱に入れて海に流しました。オウィディウスの『変身物語』にも、この黄金の雨の逸話が簡潔に記されています。

作品の詳細

この絵画では、若く美しいダナエが、赤い天蓋付きの寝台に横たわっています。彼女は、天井から降り注ぐ金貨を両手で拾い集めています。そばには侍女がおり、彼女もまた、エプロンを広げて金貨を受け止めようとしています。この構図は、オウィディウスが簡潔に述べたエピソードを具体的に視覚化したものです。

ルネサンス期には、裸婦を描く機会として、黄金の雨の場面が頻繁に描かれました。この作品も、アプロディテ（ヴィーナス）を描いた他の神話画と同様に、官能的な美しさを表現しています。ヴェネツィアでは特にこのような官能的な裸婦画が高く評価されました。しかし、ティントレットは、ティツィアーノの作品と比較すると、このテーマをあまり描いていません。また、ティントレットの『ダナエ』は、ティツィアーノに見られる詩情よりも、ダナエを欲深い女性として描いています。金貨を集める侍女の存在は、ティツィアーノの『ダナエ』に影響を受けた可能性がありますが、ティントレットの構図では、より重要な役割を担っています。ティツィアーノの作品では醜い老婆として描かれた侍女が、ここでは若い侍女として描かれています。降り注ぐ富の光景は、ダナエに神の抱擁よりも大きな喜びを与えているかのようです。これは、16世紀に海事貿易で繁栄と富を築いたヴェネツィアを想起させます。

ある解釈によれば、この作品は、当時の有名なヴェネツィアの高級娼婦ヴェロニカ・フランコとフランス国王アンリ3世の会談を祝うために描かれたものとも言われています。画家が美しいヴェネツィアの女性をダナエに扮して描いたというのです。しかし、ティントレットが実際にアンリ3世とヴェロニカ・フランコの出会いを祝うために絵画を描いたことは知られていますが、それが本作品であるという明確な証拠はありません。

作品の構図は、2人の女性の身体と天蓋のカーテンのひだによって形成された対角線によって支配されています。細長い形で描かれた登場人物のきらめく色彩、素早いタッチ、そして可塑性は、ティントレットの芸術の特徴です。

絵画の来歴

1570年頃にティントレットによって描かれた『ダナエ』は、リヨン美術館に収蔵されるまで、著名なコレクションに属していました。絵画の来歴はよく知られていますが、発注主については不明です。

この絵画は、1624年にパリで初代バッキンガム公爵ジョージ・ヴィリアーズによって購入されました。その後、遺産の相続人は、1649年にアントウェルペンでハプスブルク家の皇帝フェルディナント3世に売却。皇帝は、兄弟であるスペイン領ネーデルラントの総督、大公レオポルト・ヴィルヘルム・フォン・エスターライヒを通じて購入しました。皇帝が所有していた『ダナエ』は、1718年までプラハ城に展示され、その後ウィーンのベルヴェデーレ宮殿の帝国美術館に移されました。1809年にはナポレオン軍によって押収され、フランスに送られた後、1811年に国家からリヨン美術館に割り当てられました。

その他の所蔵作品

リヨン美術館には、ティントレットの1545年から1546年頃の絵画『聖母子と聖カタリナ、聖アウグスティヌス、聖マルコ、洗礼者ヨハネ』も所蔵されています。こちらも1805年に国家から割り当てられてコレクションに加わりました。

参考資料

オウィディウス『変身物語（上）』中村善也訳、岩波文庫（1981年）
Guide Collectif. Réunion des Musées nationaux, Musée des Beaux-Arts de Lyon, 2002.
Jean Habert, Vincent Delieuvin. Titien, Tintoret, Véronèse… Rivalités à Venise, Hazan - Les Éditions du Musée du Louvre, 2009.