ダブルバインド

ダブルバインド：矛盾するメッセージの罠

グレゴリー・ベイトソンが提唱した「ダブルバインド (Double bind)」とは、相反するメッセージが同時に伝えられるコミュニケーション状況を指します。これは、表面的なメッセージと、その裏に隠された真意（メタメッセージ）が矛盾することで、受け手は混乱と葛藤を経験します。例えば、「喜んで手伝ってくれると嬉しいわ」と言いながら、実際には手伝いを拒否する態度をとるといった状況が挙げられます。

ダブルバインド理論：統合失調症との関連

ベイトソンは1956年、家族内のコミュニケーションにおけるダブルバインドのパターンが、統合失調症のような症状の発現に影響を与えると主張しました。この理論は、ラッセルのパラドックスといった論理学的な概念を取り入れ、メッセージの多層性を解き明かしています。犬同士の遊びにおける噛みつきも、その例です。噛む行為自体がメッセージであり、同時に「本気ではない」というメタメッセージも含まれています。これらのメッセージの階層性を理解するには、ラッセルの論理階型理論が役立ちます。

ダブルバインドは、以下の要素を満たす状況として定義されます。

1. 繰り返される矛盾: 二者間で繰り返されるコミュニケーションパターンです。
2. 否定的な命令: 最初に否定的な命令（メッセージ）が伝えられます。
3. 矛盾するメタメッセージ: その後、異なるレベルで、最初の命令と矛盾する第二の否定的な命令（メタメッセージ）が伝えられます。
4. 逃避の禁止: 第三の、暗黙の命令として、矛盾する状況から逃げてはならないという制約が加えられます。

これらの要素が絡み合うことで、受け手は認知的不協和に陥り、現実感を歪めてしまう可能性があります。例えば、親が子供に「もっと頑張りなさい」と言いながら、同時にその努力を否定する態度をとることで、子供は混乱し、自己肯定感を失っていくかもしれません。

ダブルバインドによる症状

ダブルバインドに繰り返しさらされることで、以下の様な症状が現れる可能性があるとベイトソンは指摘しました。

妄想型: 言葉に表されていない意味に過剰に反応する
破瓜型: 言葉の文字通りの意味にしか反応しない
緊張型: コミュニケーションそのものから逃避する

しかし、ダブルバインドが統合失調症の唯一の原因であると断定することはできません。統合失調症の発症には、遺伝的要因や環境要因など、様々な複雑な要素が関与しています。

治療的ダブルバインド

ミルトン・エリクソンは、ダブルバインドの原理を逆手に取った「治療的ダブルバインド」を提唱しました。これは、一見矛盾する指示を与えますが、どちらを選んでも治療に繋がるような状況を作り出すことで、患者の行動変容を促す手法です。通常のダブルバインドとは異なり、患者にとって「勝つ」ことができる状況を作り出す点が重要です。

関連概念

ダブルバインドは、二重思考、認知的不協和、キャッチ22など、様々な概念と関連しています。これらの概念は、いずれも矛盾や葛藤を含むコミュニケーション状況や認知プロセスを扱っており、相互に関連し理解を深めることが重要です。

まとめ

ダブルバインドは、コミュニケーションにおける矛盾がもたらす心理的な影響を浮き彫りにした重要な概念です。家族関係や人間関係におけるコミュニケーションのあり方を見直し、より健全なコミュニケーションを築く上で、ダブルバインドの理解は不可欠です。ただし、統合失調症の原因をダブルバインドに単純化することは避け、多角的な視点を持つことが重要です。

参考文献

ベイトソン著、佐藤良明訳『精神の生態学へ（中）』岩波文庫、2023年。
Bateson, G., Jackson, D. D., Haley, J., & Weakland, J. H. Toward a theory of schizophrenia. Behavioral Science 1: 251-264, 1956.
Bateson, G., Jackson, D. D., Haley, J., & Weakland, J. H. A note on the double bind. Family Process 2: 154-161. 1962.

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