チェロ協奏曲第9番 (ボッケリーニ)

チェロ協奏曲第9番 変ロ長調 G.482

ルイージ・ボッケリーニ（Luigi Boccherini, 1743-1805）作曲のチェロ協奏曲第9番変ロ長調G.482は、彼の遺した多数のチェロ協奏曲の中でも特に広く知られ、親しまれている作品です。ボッケリーニは生涯に13曲（番号付き12曲）のチェロ協奏曲を作曲したとされますが、本作の正確な作曲時期は特定されておらず、1770年頃または1785年頃と考えられています。

この作品が世界的に有名になったのは、ボッケリーニの没後、1895年にドイツのチェリスト、フリードリヒ・W・グリュッツマッハー（Friedrich Wilhelm Grützmacher, 1832-1903）によって校訂・編曲された楽譜が出版されて以降のことです。しかし、20世紀半ばにボッケリーニの自筆譜が発見され、グリュッツマッハー版と自筆譜の内容に大きな隔たりがあることが明らかになりました。詳細な比較検証の結果、グリュッツマッハー版は、この第9番の素材に加え、ボッケリーニの他のチェロ協奏曲の楽章や断片を転用・再構成し、チェロ独奏パートを当時の19世紀的な演奏技巧に合わせて改変した、いわば「グリュッツマッハーによる編曲作品」であると位置づけられました。特に第1楽章と第3楽章では大幅なカットが行われ、第4番や第5番のフレーズが挿入されています。また、第2楽章は本来の第9番のものではなく、チェロ協奏曲第7番の第2楽章が用いられています。さらに、グリュッツマッハー自身のカデンツァも加えられています。

このように原曲とは異なる内容であるにもかかわらず、グリュッツマッハー版の編曲が非常に巧みで演奏効果が高かったことから、現在でもこの版が広く演奏されており、「グリュッツマッハー編」と併記される形で、ボッケリーニのチェロ協奏曲の中では最も演奏機会の多い楽曲となっています。チェロ協奏曲第7番も同様にグリュッツマッハーによって編曲されており、第9番と並んでよく知られています。

自筆譜が発見されて以降は、本来のボッケリーニの意図に忠実な原譜に基づく演奏も行われるようになりましたが、コンサートや録音では依然としてグリュッツマッハー版による演奏も頻繁に行われています。

編成は、自筆譜版では独奏チェロ、ホルン2、弦楽合奏です。一方、広く普及したグリュッツマッハー版では、独奏チェロ、オーボエ2、ホルン2、弦楽合奏となっています。

楽曲は全3楽章構成で、演奏時間は約20分です。

第1楽章 アレグロ・モデラート（Allegro moderato）変ロ長調 ソナタ形式
管弦楽による短い導入に続き、チェロが第1主題を提示します。ヘ長調の第2主題へと進みます。グリュッツマッハー版ではこの導入が大幅に短縮され、第4番や第5番からの旋律が組み込まれています。

第2楽章
グリュッツマッハー版：アダージョ・ノン・トロッポ（Adagio non troppo）ト短調
チェロ協奏曲第7番の第2楽章を転用した楽章です。情感豊かな美しい主題が奏でられ、静かに閉じられます。演奏時間は約7分です。
原譜：アンダンテ・グラツィオーソ（Andante grazioso）変ホ長調
自筆譜に基づく本来の第2楽章は、約4分と短めですが、優雅で抒情的な性格を持っています。

* 第3楽章 ロンド（Rondo Allegro）変ロ長調 ロンド形式
歯切れの良い、生き生きとした主題が繰り返されるロンド形式です。チェロの華やかな技巧が随所に用いられ、曲を明るく締めくくります。グリュッツマッハー版ではここでも大きなカットが見られ、第4番からのフレーズが挿入されています。

このように、ボッケリーニのチェロ協奏曲第9番は、原曲と普及版の間に複雑な関係を持つ興味深い作品として、今日でも多くのチェリストや聴衆に愛されています。

楽譜は国際楽譜ライブラリープロジェクトで閲覧可能です。)

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