チャールズ・ウォルコット

チャールズ・ドゥーリトル・ウォルコット

チャールズ・ドゥーリトル・ウォルコット（1850年3月31日 - 1927年2月9日）は、アメリカ合衆国が生んだ偉大な古生物学者の一人です。彼は無脊椎動物、特に古生代の生物化石研究で顕著な業績を残しました。その中でも最も広く知られている功績は、1909年にカナダのブリティッシュコロンビア州にあるバージェス頁岩（Burgess shale）と呼ばれる地層から、驚くほど良好な保存状態のカンブリア紀生物化石群を発見したことです。この発見は、約5億年前の地球上の生命の多様性を示すものであり、当時の古生物学界に大きな衝撃を与えました。

初期キャリアと地質学への道

ウォルコットはニューヨーク州北部のオナイダで生まれました。幼い頃に父を亡くしましたが、博物学に関心を抱き、大学で学び始めました。しかし、19歳で大学を中退し、一時的に金物屋の事務員として働いた経験もあります。彼の生涯を方向づける転機となったのは、21歳の時にインディアナポリスで出会った地質学者でした。これをきっかけに、彼は地元ニューヨークのオルドビス紀の石灰岩を調査し、独学で化石の採集と研究を本格的に開始しました。当時ハーバード大学で活躍していた著名なルイ・アガシーのもとで学びたいと願いましたが、アガシーの急死によりその機会は失われました。

1876年、ウォルコットはニューヨーク州の地質学者ジェームズ・ホールの助手となり、アメリカ科学振興協会（AAAS）の会員に迎えられました。彼の才能は次第に認められ、1879年にはアメリカ地質調査所（USGS）に入所し、1894年にはその所長にまで昇進しました。USGS時代には、特にアメリカ国内のカンブリア紀の地層を精力的に調査・研究し、多くの化石を収集しました。彼は収集した化石を地層の年代と正確に結びつけることに努め、地質年代学の確立にも重要な貢献を果たしました。

公職以外でも、ウォルコットは科学界の中心人物でした。1896年には米国科学アカデミーの会長に選出されました。また、実業家として知られるアンドリュー・カーネギーを説得し、1902年にワシントンD.C.にカーネギー研究所を設立させ、その理事長に就任するなど、科学研究の組織化と振興にも力を注ぎました。

スミソニアン協会会長とバージェス頁岩の探求

1907年、ウォルコットはアメリカを代表する研究機関であるスミソニアン協会の会長に就任しました。USGS所長職と兼務しながら、彼は組織の運営と科学研究の推進に努めました。会長就任のわずか2年後の1909年、彼はカナダのブリティッシュコロンビア州にあるバージェス頁岩で、奇跡的な化石群を発見したのです。翌1910年には、自身の2人の息子とともに再び現地を訪れ、詳細な調査を行いました。彼は、化石が豊富に含まれる特定の地層帯を発見し、後の大規模な発掘調査の基礎を築きました。

1919年から1924年にかけて、ウォルコットは何度もバージェス頁岩地域に通い、彼にちなんで「ウォルコット石切場」と名付けられた場所から、実に65,000点を超える大量の化石を収集しました。これらの化石は、カンブリア紀の生物多様性の爆発（カンブリア爆発）の驚異的な姿を現代に伝える貴重な資料となっています。

論争の側面：ライト兄弟の功績否定

輝かしい業績の一方で、ウォルコットのキャリアには後世の批判の的となる側面も存在します。特に、航空機の発明者であるライト兄弟の功績を公式に認めなかったことは、大きな論争となりました。この問題の背景には、ウォルコットの前任者であるスミソニアン協会会長サミュエル・ラングレーが、独自の航空機「エアロドローム号」の開発に失敗し、協会が世論から激しい非難を受けたという過去があります。この屈辱的な経験が、ウォルコットの判断に影響を与えたと見られています。

ウォルコットは、ライト兄弟と特許を巡って争っていたグレン・カーチスに資金を提供しました。さらに、1914年にはカーチスによって徹底的に改造されたかつての「エアロドローム号」を用いて飛行実験を行わせ、成功させました。この結果をもって、ウォルコットはスミソソニアン協会の年次報告書に、「これまでの実験により、ラングレーが世界で初めて有人飛行可能な飛行機を製作したことが証明された」と記載させました。しかし、この時の機体は原型をとどめないほどに改造されており、ラングレー本来の設計によるものではありませんでした。

オーヴィル・ライトはこの一方的な主張に対し激しく抗議しましたが、ウォルコットやスミソニアン協会はこれを受け入れませんでした。スミソニアン協会がライト兄弟の歴史的功績を公式に認めるのは、ウォルコットの死後、後任のチャールズ・アボットの時代になってからのことでした。現在、ライト兄弟の「ライトフライヤー号」は、スミソニアン協会が運営する国立航空宇宙博物館に誇らしく展示されています。

後世の評価と遺産

1927年にウォルコットが亡くなった後、彼が収集・整理した膨大なバージェス頁岩化石の資料はスミソニアン協会に保管されました。しかし、その真価が再認識されるのは、1960年代後半になって新しい世代の古生物学者たちが彼の業績に注目してからでした。彼らの研究により、ウォルコットによる化石の分類や解釈の多くは訂正されることとなりました。

特に、スティーヴン・ジェイ・グールドが1989年に著したベストセラー『ワンダフルライフ』によって、ウォルコットの名前は一般にも広く知られるようになりました。グールドはこの本の中で、ウォルコットがバージェス動物群の持つユニークな形態や系統的な特異性を見落とし、既知の生物群の枠に無理やり分類しようとした、と批判的に論じました。しかし、この批判は、バージェス動物群の驚異的な多様性を強調するためのレトリック的な側面もあったと指摘されています。

実際には、ウォルコットは三葉虫の付属肢の構造を世界で初めて明らかにするなど、化石の立体構造を解明するための画期的な研究手法を開発した先駆者であり、その研究技術は極めて高かったことが現在では評価されています。現在の古生物学者の間では、ウォルコットの記述や概念に対して、グールドが示したような極めて否定的な見方をする者は少数派となっています。彼の功績は、バージェス頁岩の生物群を発見し、その膨大な資料を収集・整理したこと、そして古生物学の手法を発展させたことにあります。

彼の業績を称え、バージェス山脈の一つの峰には彼の名が冠されています。また、米国科学アカデミーはかつて、カンブリア紀以前およびカンブリア紀の古生物学における卓越した業績を称える「チャールズ・ドゥーリトル・ウォルコット・メダル」を授与していました（現在は「NAS Award in Early Earth and Life Sciences」に統合されています）。

チャールズ・ドゥーリトル・ウォルコットは、地質学と古生物学の発展に計り知れない貢献をしましたが、同時に組織のリーダーとしての彼の行動、特にライト兄弟に関する判断は、複雑な歴史の一断面を示しています。彼の発見したバージェス動物群は、現在も進化論や生物多様性の研究において極めて重要な位置を占めています。

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