チューブ・アロイズ

チューブ・アロイズ：イギリスの原子爆弾開発計画

第二次世界大戦中、イギリスは極秘裏に核兵器開発計画「チューブ・アロイズ (Tube Alloys)」を進めていました。これは、英米両国による高レベルの秘密裡な取り組みであり、後のアメリカ合衆国のマンハッタン計画へと引き継がれる最初の核開発プロジェクトでした。

「チューブ・アロイズ」は、直訳すると「チューブ合金」を意味し、「管用合金」とも表現されますが、これは隠語であり、原子爆弾開発計画を指していました。この計画の端緒は、ヨーロッパ大陸、特にフランスとドイツにありました。

パリでの初期研究：核分裂の発見と連鎖反応の可能性

1938年、ドイツのオットー・ハーンとスウェーデンに亡命していたリーゼ・マイトナーがウランの核分裂を発見しました。翌1939年、パリのコレージュ・ド・フランスの科学者グループ（フレデリック・ジョリオ＝キュリー、ハンス・フォン・ハルバン、レフ・コワルスキー、フランシス・ペランら）は、ウランの核分裂で2つか3つの中性子が放出されることを発表しました。この発見は、自然に維持される連鎖反応の可能性を示唆し、原子爆弾の理論的な実現可能性を多くの科学者たちに印象づけました。

パリのグループは、連鎖反応に必要なウランの最小量「臨界量」を定義するとともに、自然ウランでは減速材なしに連鎖反応を維持できないことを発見しました。1940年初頭、彼らは重水が理想的な減速材であると結論づけました。しかし、ノルウェーの重水在庫がドイツによって購入されていたことが発覚し、ドイツも原子爆弾開発を進めていることが明らかになりました。フランスはノルウェー政府から重水を確保し、イギリス経由で搬送、ケンブリッジに持ち出しました。

フリッシュとパイエルスのブレイクスルー：ウラン235の可能性

初期のイギリスの研究では、天然ウランを用いた高速中性子による原子爆弾は不可能と結論づけられていました。しかし、イギリスに亡命したオットー・フリッシュとルドルフ・パイエルスは、ウラン235を数kg集め、高速中性子のみを用いれば爆発が可能であることを発見しました。この画期的な発見は、フリッシュ・パイエルス覚書として報告され、後のチューブ・アロイズ計画を大きく前進させました。

ティザード使節団の派遣と北米への技術協力要請

1940年9月、イギリスはティザード使節団を北アメリカに派遣し、レーダーやジェットエンジン、核研究を含む技術協力を要請しました。使節団は帰国後、北米においても遅い中性子研究が進められていたことを報告しましたが、軍事的な重要性は低いと判断していました。

ウラン同位体分離とプルトニウムの可能性

チューブ・アロイズ計画における最大の課題は、ウラン238からウラン235を分離することでした。フランシス・シモンはガス拡散法による分離の可能性を示し、MAUD委員会は原子爆弾の実現性を確信しました。一方、エゴン・ブレッチャーとノーマン・フェザーは、原子炉でプルトニウム239を生産できる可能性を発見しました。この発見は、アメリカでもエドウィン・マクミランとフィリップ・アベルソンにより検証され、1941年に最初のプルトニウムの生成に成功しました。

アメリカとの協力とマンハッタン計画への合流

1941年、マーク・オリファントのアメリカ訪問により、MAUD委員会の報告書がようやくアメリカに衝撃を与えました。アメリカはイギリスとの協力体制を提案しましたが、イギリスはこれを拒否しました。

1942年以降、アメリカの核開発は急速に進展し、イギリスを追い抜きました。イギリスの科学者の一部はアメリカを訪問し、アメリカの進展ぶりに驚愕しました。特に、遅い中性子研究がプルトニウム生産に繋がる重要性が増し、ケンブリッジの研究チームはカナダのモントリオールに移転しました。しかし、アメリカは情報の共有を制限し、イギリスの研究は次第にマンハッタン計画に吸収されていきました。

1943年8月、ケベック協定が締結され、イギリスは資源を提供し、アメリカは研究成果の一部を共有することで合意しました。この協定で「チューブ・アロイズ」に関する共同管理が明確になり、イギリスの研究はマンハッタン計画に統合されました。

戦後：マクマホン法とイギリス独自の核開発

戦後、アメリカは原子力技術の共有を拒否し、マクマホン法を制定しました。これにより、イギリスは独自の核開発をせざるを得なくなりました。ウィリアム・ペニー博士らの指導の下、イギリスは1952年、独自の核兵器開発に成功し、1957年には水爆実験にも成功しました。1958年、マクマホン法が修正され、アメリカとイギリスは相互防衛協定を締結、技術情報の共有が再開されました。

まとめ

チューブ・アロイズ計画は、国際協力と競争、技術情報の機密保持の難しさなどを示す歴史的な事例です。この計画は、イギリスの科学者たちの貢献と、アメリカとの複雑な関係、そして冷戦期の核開発競争へと続く重要な転換点でした。この計画にまつわる様々なエピソードは、今日においても核開発の歴史を考える上で重要な教訓を与えてくれます。

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