チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団

チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の歴史と歩み

スイスの主要都市チューリッヒに本拠を置くチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団は、豊かな歴史と伝統を誇るヨーロッパ有数のオーケストラです。その設立は、チューリッヒにおける音楽文化の独特な発展過程と深く結びついています。

創設に至るまで

宗教改革を経て、教会が音楽文化の中心的な担い手としての役割を終えたチューリッヒでは、代わってプロテスタントの聖歌収集などを目的としたコレギウム・ムジクムが市民の音楽文化を支える存在となります。18世紀には合唱活動が盛んになり、18世紀末にはヨハン・ハインリヒ・ペスタロッチの影響を受けたハンス・ゲオルク・ネーゲリらの活動が見られましたが、依然として合唱が主流で、器楽演奏は限定的でした。状況が変化するのは、1834年にチューリッヒ歌劇場が設立され、それに伴いオーケストラが必要とされたことから始まります。

この時期、失敗に終わったドレスデン革命に参加し、スイスへの亡命を余儀なくされた作曲家リヒャルト・ワーグナーがチューリッヒに滞在していました。1849年以降、彼はオットー・ヴェーゼンドンク夫妻の支援を受けながら『トリスタンとイゾルデ』などの作曲に取り組む傍ら、チューリッヒや近郊の楽団員を集めて度々コンサートを開催しました。これらの演奏会が市民の間で大きな評判を呼び、常設のコンサートオーケストラ設立への期待を高めました。

こうして、1862年にはチューリッヒ歌劇場のオーケストラなどを母体とした団体が、初めてオーケストラ・コンサートを行う活動を開始しました。

オーケストラの誕生と発展

1868年、トーンハレ協会が設立され、このコンサート団体を母体として、今日のチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団が正式に誕生しました。設立当初の団員はわずか33名であったと伝えられています。

初代指揮者には、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートマスターを務めていたフリードリヒ・ヘーガーが招かれました。ヘーガーは作曲家としても知られ、後にヨハネス・ブラームスの知己を得ます。この関係から、スイスにしばしば滞在していたブラームスが、数回にわたりトーンハレ管弦楽団に客演しています。

1895年、ブラームスを迎えて、現在も本拠地として使用されているコンサートホール「トーンハレ」の落成記念コンサートが開催されました。ブラームスが自身の作品『勝利の歌』を指揮した後、初代指揮者ヘーガーがベートーヴェンの交響曲第9番を演奏し、新しいトーンハレでの最初のコンサートを飾りました。

オーケストラの基盤を築いたヘーガーは、27歳で指揮者に就任して以来38年間務め、1906年に退任しました。後任には、ヘーガーの指揮科の生徒であったフォルクマール・アンドレーエが就任します。アンドレーエはその後40年以上にわたりオーケストラを率い、特にブルックナー指揮者として名声を博し、録音も残しています。

1949年にアンドレーエの弟子であるエーリヒ・シュミットが後を継ぎ、1965年からはルドルフ・ケンペを首席指揮者に迎えた時代に、オーケストラは飛躍的な発展を遂げ、ヨーロッパ有数のオーケストラへと成長しました。ケンペとの録音は少ないものの、ブルックナーの交響曲第8番などの貴重な記録が残されています。

1967年から1971年にかけては、フランス系レパートリーの充実を目指し、シャルル・デュトワが頻繁に客演しました。デュトワは首席指揮者には就任せず、その後カナダへ転出。トーンハレには再びドイツ人指揮者であるゲルト・アルブレヒトが首席指揮者に就任しました。その後も、ピアニスト出身のクリストフ・エッシェンバッハ、日本人指揮者の若杉弘、そしてクラウス・ペーター・フロールといったドイツ人指揮者の就任が続きました。

20世紀末まで歴代の首席指揮者の多くがドイツ人であったことは、オーケストラの国際化が進む現代において、トーンハレがそのアイデンティティを強く意識しているケースと言えるかもしれません。スイス・ロマンド管弦楽団がスイスのフランス語圏を代表するオーケストラであるのに対し、トーンハレはドイツ語圏の中心的なオーケストラとしての位置づけを守ることを重視し、首席指揮者を選んできたと考えられます。もっとも、スイス・ロマンド管弦楽団も1970年代以降はドイツ系の音楽監督が多く、ドイツ国内の環境を避ける指揮者が増えたなど、多様な背景が考えられます。

1985年、オーケストラはチューリッヒ歌劇場管弦楽団から完全に分離しました。それまでも歌劇専門とコンサート専門でグループ分けはありましたが、この年以降、両者は完全に独立した団体として活動しています。

ジンマン時代と近年の活動

1995年にアメリカ人のデイヴィッド・ジンマンが音楽監督に就任したことは、トーンハレにとって大きな転換点となりました。ジンマン体制のもと、オーケストラはアルテノヴァ・レーベルでの大規模な録音活動が始まりました。ベーレンライター版を用いたベートーヴェン交響曲全集はクラシックファンの間で大きな話題となり、リヒャルト・シュトラウスの管弦楽曲全集、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲全集、アルテュール・オネゲルの管弦楽曲集など、多くの録音がその名を広く知らしめました。

ジンマン退任後、リオネル・ブランギエが音楽監督を務め、2019/2020年シーズンからはパーヴォ・ヤルヴィが音楽監督に就任し、新たな時代を迎えています。

本拠地であるコンサートホール「トーンハレ」は、2017年から2021年にかけて大規模な改築工事が行われ、オルガンも新しくなりました。改築後のこけら落とし公演は2021年9月15日に行われ、2021-2022シーズンの幕開けを飾りました。

歴代の主な指揮者

フリードリヒ・ヘーガー（音楽監督、1868年 - 1906年）
フォルクマール・アンドレーエ（音楽監督、1906年 - 1949年）
エーリヒ・シュミット（音楽監督、1949年 - 1957年）
ハンス・ロスバウト（音楽監督、1957年 - 1962年）
ルドルフ・ケンペ（首席指揮者、1965年 - 1972年）
ゲルト・アルブレヒト（首席指揮者、1975年 - 1980年）
クリストフ・エッシェンバッハ（首席指揮者、1982年 - 1986年）
若杉弘（首席指揮者、1987年 - 1991年）
クラウス・ペーター・フロール（首席指揮者、1991年 - 1994年）
デイヴィッド・ジンマン（音楽監督兼任、1995年 - 2014年）
リオネル・ブランギエ（音楽監督、2014年 - 2018年）
パーヴォ・ヤルヴィ（音楽監督、2019/2020年シーズン - ）

チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団は、その長い歴史の中で数多くの名演を生み出し、スイスの音楽文化のみならず、世界のクラシック音楽界において重要な位置を占め続けています。

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