チロル(ティロール): アルプスに抱かれた歴史と文化の交差点
チロル(ドイツ語: Tirol、
イタリア語: Tirolo)は、
オーストリアと
イタリアにまたがる
アルプス山脈東部の地域です。壮大な山々に囲まれたこの地は、その歴史と文化において、ドイツと
イタリアの両文化圏が交錯する独特の場所となっています。
地理と名称
チロル地方は、主に
オーストリアの
チロル州(北チロルと東チロル)と、
イタリアの
ボルツァーノ自治県(南チロル)および
トレント自治県(トレンティーノ)から構成されます。
イタリア語圏とドイツ語圏が隣接するこの地域は、言語的にも文化的多様性を特徴としています。多くの住民はドイツ系(バイエルン人やアレマン人の一部)であり、
イタリア側の南チロルにおいても、初等教育からドイツ語が使用されています。
名称の由来は、南チロルの
メラーノ近郊にあるチロル城に遡ります。かつてこの城の城主であったチロル伯の勢力拡大に伴い、その領地全体が「チロル」と呼ばれるようになったのです。地域名としての「チロル」は、13世紀頃に定着しました。それ以前は「山岳の地」を意味する名称で呼ばれていましたが、
1248年の文献では「ティロール伯の領域」と記されており、ダンテの『
神曲』にも言及されています。
歴史
チロルの歴史は古く、中石器時代から人類が居住していた痕跡が見つかっています。
紀元前15年には
ローマ帝国に征服され、ラエティア属州とノリクム属州の一部となりました。西
ローマ帝国崩壊後は東ゴート王国、バイエルン部族大公の支配下に置かれ、
1027年にはブリクセン司教とトリエント司教が神聖
ローマ帝国の帝国諸侯に列せられました。
12世紀以降、
メラーノ近郊のティロール城を拠点としたチロル伯は、両司教領の運営にあたり、次第に勢力を拡大し、両司教の権力を凌駕するようになりました。13世紀半ばには、チロル伯位はゲルツ伯家(マインハルト家)へと継承され、その支配領域は拡大の一途を辿ります。
1335年、ゲルツ伯家の断絶に伴い、チロル伯領は相続問題で混迷を極めますが、
1363年、
ハプスブルク家の
オーストリア公ルドルフ4世がこれを継承し、以後、チロルは長きに渡り
ハプスブルク家の支配下に入ります。
15世紀後半には、銀、銅、塩などの鉱山から莫大な富をもたらしました。
ナポレオン戦争期には、
バイエルン王国に割譲されたものの、チロル人による蜂起(アンドレアス・ホーファーの指導による)が起こり、フランス・バイエルン連合軍を撃退するなど、その抵抗の精神を示しました。
ウィーン会議後、チロルは
オーストリア帝国に復帰しました。
19世紀後半には、
イタリア統一運動の高まりを受け、南チロル・トレンティーノ地域の
イタリアへの編入が目指されるようになります。第一次世界大戦後、
サン=ジェルマン条約により南チロルとトレンティーノは
イタリア王国に割譲されました。残りの地域は
オーストリアの
チロル州となりました。
イタリア王国による支配下では
イタリア化政策が進められましたが、
1938年の
アンシュルスにより一時的にドイツ領となりました。第二次世界大戦後、
チロル州は
オーストリアに復帰し、南チロルでは
オーストリアへの復帰を求める動きが高まりました。しかし、南チロル問題をめぐる
イタリアと
オーストリア間の交渉は長く続き、
1972年に
トレンティーノ=アルト・アディジェ州に大きな自治権が付与されることで解決に向かいました。
1995年の
オーストリアのEU加盟、
1996年のユーロリージョン「チロル=南チロル=トレンティーノ」の設立により、国境を越えた協力関係が促進され、今日に至っています。
経済・産業
チロル地方の経済は、観光業が重要な役割を担っています。また、伝統的な工芸品や、
スワロフスキー社(クリスタルガラス製造)など、独自の産業も発展しています。
まとめ
チロルは、その雄大な自然と豊かな歴史、そしてドイツと
イタリア文化の融合が織りなす独特の文化圏です。歴史の変遷を経て、今日では国境を越えた協力関係が深まり、更なる発展が期待されています。