チン族

チン族

チン族は、主にミャンマー西部のチン州、ザガイン地方域、アラカン山脈、チン丘陵一帯、そして国境を越えたインド北東部のミゾラム州にかけて暮らす人々です。言語的にはチベット・ビルマ語派に属し、クキ・チン諸語と呼ばれる関連言語を使用します。本記事では、特にミャンマーにおけるチン族を中心に記述します。

名称の多様性

この民族集団に対する呼称は複数存在します。ミャンマーでは一般的に「チン族（Chin）」という名称が用いられますが、これは歴史的に外部からの呼び名（外名）であるとされています。この「チン」という名称の由来については諸説あり、アショー語で「人」を意味する言葉からビルマ語の発音を経て変化したという説が比較的有力視されています。一方で、民族の神話上の故地とされる場所から来ているとする説もありますが、その信頼性は低いとされます。

ミャンマーにおいて「チン」は、アラカン山脈やチン丘陵に住む様々な民族を総称する言葉として使われるようになりました。これに対し、インド側では、ほぼ同じ集団に対して「クキ族（Kuki）」という外名が用いられることが一般的です。

しかし、彼ら自身が用いる内部的な呼び名（内名）としては「ゾ（Zo）」があり、「人」を意味する「ミ（Mi）」と組み合わせて「ゾミ（Zomi）」や「ミゾ（Mizo）」などとも呼ばれます。インドのミゾラム州に住むゾ系の民族は、主に「ミゾ族」という呼称を使います。ミャンマー国内でも、ティディム地方に住む一部の人々は、政府が用いる「ティディム・チン」という名称を避け、国勢調査の際に自らを「ゾミ」と表記する動きが見られます。

多様なサブグループと文化

チン族は、ミャンマー国内における主要な少数民族の一つです。居住地が山岳地帯に広がり、歴史的に氏族集団ごとに分かれて暮らしていたため、民族内部でも言語や風俗、習慣に大きな多様性が見られます。ある研究者によれば、チン族はアショー、ショー、クアミ、ライ、ミゾ、ティディムなど、八つの主要なグループに分類できるとされています。

ミャンマー政府は公式にはチン族を53のサブグループに分類していますが、このリストは不正確であることが指摘されています。中には本来チン族ではない民族が含まれていたり、重複があったり、単なる氏族を別の民族として数えたりするなど、多くの問題があるとされています。言語もクキ・チン諸語としてまとめられますが、これも北部、中央、北西、南部の四つの語群に分類され、相互理解が難しい言語も少なくありません。

国内外への移住（ディアスポラ）

ミャンマーの政治状況などにより、多くのチン族が国内外への移住を余儀なくされています。インドには少なくとも6万人以上、マレーシアには2万人以上のチン族が難民として渡っているとされます。その他にも、北アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランドなど、世界各地にディアスポラ（離散した共同体）が形成されています。特にアメリカ合衆国のオクラホマ州タルサには5000人以上のチン族（ゾミ）が移住しており、「ゾミタウン」として知られています。

歴史的変遷

チン族の明確な起源は不明ですが、歴史家の中には、チン族を含むこの地域のチベット・ビルマ語派の話者が、中国西部を故地とし、古代の羌（きょう）という民族と関連があるとする説を唱える者もいます。しかし、こうした古代の民族と現代の特定の民族を結びつけることには慎重な見方もあります。歴史を遡ると、パガン王朝が衰退した頃からシャン族の影響力が増し、それまで平野部に近かった地域にいたチン族が、この圧力によってより山深い丘陵部へと移動したと考えられています。

19世紀後半の英緬戦争を経て、ビルマ全土がイギリスの植民地支配下に入ります。当時、チン族の一部は平野部の都市をしばしば襲撃していました。これに対し、イギリスは対話を試みましたが不調に終わり、1889年にイギリスとチン族の間で戦争が勃発しました（アングロ・チン戦争）。チン族による抵抗は粘り強く続きましたが、最終的には鎮圧され、1896年のチン丘陵統治法制定により、イギリスによる本格的な統治が始まりました。この統治は族長の権限をある程度残した間接統治の形がとられました。

第二次世界大戦後、英領ビルマはビルマ連邦として独立することになります。独立に向けたプロセスの中で、ビルマ族と山岳少数民族との間で行われた重要な会議であるパンロン会議には、シャン族やカチン族と共にチン族の代表者も参加しました。1948年の独立後、チン丘陵はチン特別区となり、独自の担当大臣が行政を担いました。しかし、1962年のネウィン将軍によるクーデター以降、特別区の行政権は軍事政権に移り、1974年の新憲法制定によりチン州となりました。

比較的外部からの干渉が少なく、長らく大規模な反乱が少なかったチン州ですが、1988年の民主化運動（8888）の後、軍事政権（SLORC）による圧政が強まると状況は変化しました。チン族の政党が非合法化され、仏教への改宗が強要されるといった抑圧に対し、抵抗運動が生まれました。1988年3月20日には、チン系の反政府組織であるチン民族戦線（CNF）が結成され、その武装部門であるチン民族軍が活動を開始しました。

近年までミャンマーの内戦において主戦場となることは少なかったチン州ですが、2021年のクーデター以降は情勢が悪化し、武力衝突が頻繁に発生するようになりました（チン戦線として知られる）。こうした中で、2023年にはCNFを中心とする形で、独自の自治政府であるチンランド評議会が設立され、憲法草案を作成する動きも見られます。

社会・文化

経済

チン族の経済は、主に焼畑農業を中心とした自給自足が基本です。トウモロコシ、アワ、陸稲といった穀物や、芋類、豆類などを栽培します。一部の河川沿いや平地に近い地域では水田農業も行われています。家畜飼育も重要で、ミトンと呼ばれる牛、水牛、豚、鶏、ヤギなどが飼われています。特にミトン牛は社会的価値が高く、その所有頭数が個人の富や地位を示す指標とされる習慣があります。また、狩猟も伝統的に重要で、農閑期には村全体で狩りに出かけることもあります。狩りの腕前は尊敬を集め、村の指導者には狩猟の素質が求められることもあります。近代的な産業としては、チン州内にテレビン油やコーヒーの工場があるほか、農産物などを中心とした交易も行われています。

家族と通過儀礼

社会は父系制を基本とし、父親が家長を務めます。相続においては、長男が全てを相続する場合と、末っ子の男子が相続する場合がありますが、いずれの場合も男子のみが対象となります。成人年齢は地域によって異なり、男性は13歳から16歳、女性は14歳から15歳頃とされています。結婚は基本的に一夫一妻制で、地域ごとの習慣は異なりますが、いずれの場合も結納品のやり取りが必要です。離婚は結納品を返却する必要があるため、比較的少ない傾向にあります。死後の世界や生まれ変わりは広く信じられており、葬儀は土葬が一般的ですが、一部のグループでは火葬も行われます。

宗教

伝統的な信仰は精霊信仰が中心でした。しかし、1800年代以降、キリスト教宣教師の活動によりキリスト教が急速に広まりました。1966年にはキリスト教徒の割合が35%程度でしたが、2010年には90%に達したとも言われています。しかし、これは精霊信仰が完全に消滅したことを意味するわけではなく、キリスト教徒であっても伝統的な祭礼に参加するといった慣習は依然として残っています。キリスト教の宗派もバプテスト教会、カトリック教会、メソジストなど複数存在し、一つの家庭内に異なる宗派の信者がいることも珍しくありません。太平洋戦争後には仏教の布教も行われ、特にラカイン州に隣接する地域などでは仏教徒のチン族も少なくありません。さらに、ティディム地方には、パウチンハウによって創設された独自の宗教であるパウチンハウ教の信者が一定数存在します。

もう一度検索