テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR

『テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR』（原題: Taylor Swift: The Eras Tour）は、アメリカのシンガーソングライター、テイラー・スウィフトが2023年から2024年にかけて敢行した大規模コンサートツアー「The Eras Tour」の模様を捉えた記録映画です。サム・レンチが監督を務め、スウィフト自身が製作に参加しました。この映画は、2023年10月11日にロサンゼルスでワールド・プレミアが開催された後、同年10月13日から世界各国の劇場で公開されました。

製作背景とユニークな配給戦略

The Eras Tourは、テイラー・スウィフトにとって6度目のヘッドライニングツアーであり、3時間を超える壮大なステージで、44曲もの楽曲が披露されました。彼女のこれまでの10枚のスタジオアルバムをコンセプトごとに10幕に分けて構成されたこのツアーは、商業的にも批評的にも大成功を収め、世界中で記録的なチケット争奪戦が巻き起こるなど、社会現象とも言えるほどの熱狂を巻き起こしました。

こうしたツアーの圧倒的な成功を受けて、スウィフトは「The Eras Tour」を長編映画として劇場公開することを企画しました。監督には、ビリー・アイリッシュやリゾのコンサート映像作品を手がけたサム・レンチが起用されました。

撮影は2023年8月3日から5日にかけて、カリフォルニア州イングルウッドにあるSoFiスタジアムで行われたロサンゼルス公演のうち、最初の3公演で実施されました。特筆すべきは、アメリカの主要な映画スタジオとの交渉がまとまらなかった後、スウィフトがAMCシアターズやシネマーク・シアターズといった大手映画館チェーンと直接、配給契約を結んだ点です。これは従来のハリウッドの配給システムを迂回する異例の手段であり、業界内で大きな話題を呼びました。

また、本作の製作は、当時進行中だったSAG-AFTRA（映画俳優組合・放送労働者組合連合）のストライキ期間中に行われましたが、組合が定める基準を満たす非AMPTP（映画テレビ製作者同盟）作品として特別な許可を得て進められました。スウィフトは製作・公開・宣伝において組合との合意に基づいて行動し、その姿勢は多くのジャーナリストや業界関係者から称賛されました。

スウィフトがこの映画の公開を告知したのは、撮影から間もない2023年8月末のことでした。この突然の発表は、10月13日付近の公開を予定していた他の映画スタジオや配給会社を驚かせ、複数の作品が公開日の変更を余儀なくされる事態となりました。これは、映画配給業界において事前に公開スケジュールを調整することが慣例となっている中で、型破りな出来事として受け止められました。

驚異的な興行成績と業界への影響

本作は公開前から記録的なチケット需要を巻き起こしました。AMCシアターズは、過去のチケット販売における課題（2022年のチケットマスター騒動など）を踏まえ、システムを大幅に強化して臨みましたが、それでも販売開始直後にはアクセス集中が発生するほどでした。アメリカ国内での前売り開始初日だけで3700万ドルを超える売上を記録し、これは歴代2位の記録となりました。さらに、2023年10月5日時点で全世界での先行販売収入は1億ドルを突破し、史上最も収益性の高いコンサート映画の地位を確立しました。この映画のチケット販売の好調ぶりは、AMCをはじめとする映画館チェーンの株価上昇にも貢献しました。

スウィフトとAMCが直接契約した配給条件も非常にユニークでした。劇場へのロイヤリティは興行収入の43%が支払われ、スウィフトとAMCの配給部門で残りの57%を分配するという構造でした。また、大人のチケット価格はスウィフトの再録アルバム名にちなんだ19.89ドル、子供やシニアは彼女の幸運数にちなんだ13.13ドルという固定価格が設定されました。この型破りな戦略は、従来の映画配給ビジネスの常識を覆すものとして業界内外で大きな議論を巻き起こしました。

多くのジャーナリストや業界関係者は、スタジオを介さずに映画館と直接連携したスウィフトの動きを称賛しました。特に、全米脚本家組合およびSAG-AFTRAのストライキで新作供給が滞っていた時期において、本作の登場は劇場にとって大きな収益機会となり、「興行収入を救う」存在と評価されました。全米劇場所有者協会会長は、本作の成功が劇場におけるコンサート映画の新たな可能性を示したと述べました。

さらに、この直接配給モデルは、他のアーティストにも影響を与えました。例えば、アメリカの歌手ビヨンセは、自身のコンサートツアー「ルネッサンス・ワールド・ツアー」の記録映画『Renaissance: A Film by Beyoncé』を公開するにあたり、『THE ERAS TOUR』と同様にスタジオを介さない形でAMCと配給契約を結んでいます。これは、『テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR』が映画配給のあり方に変革をもたらす可能性を示唆する出来事と言えます。

公開日の面でも影響は顕著でした。同時期に公開予定だった複数の映画、例えばホラー映画の『エクソシスト信じる者』は、スウィフト作品との競合を避けるために公開日を前倒ししました。これは、ソーシャルメディア上で「#Exorswift」というハッシュタグがトレンドになるなど、文化的な現象としても捉えられました。

『テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR』は単なるコンサート映画の枠を超え、その製作・配給戦略、そして記録的な商業的成功によって、現代のエンターテインメント業界、特に映画ビジネスのあり方に大きな影響を与えた画期的な作品として、歴史に名を刻むこととなりました。2024年3月15日からは、ウォルト・ディズニー・カンパニーの動画配信サービス「Disney+」での見放題配信も開始され、さらに多くの視聴者に届けられています。

本作は、テイラー・スウィフトというアーティストの強大な影響力と、従来の業界構造にとらわれない新しい試みが融合した結果として生まれた、まさに時代の象徴とも言える作品です。

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