テオドレトス

キュロスのテオドレトス（393年 - 457年頃）は、東ローマ帝国時代の神学者、教会史家であり、キュロスの主教を務めました。アンティオキア学派の最後の偉大な神学者の一人とされ、アレクサンドリアのキュリロスとの神学論争や、単性論への反駁で知られています。

生涯

主教就任まで

テオドレトスは、393年にアンティオキアで裕福なキリスト教徒の両親のもとに生まれました。彼の母親はなかなか子を授からなかったため、父親が隠修士マケドニオスに祈りを依頼し、その結果、テオドレトスが誕生したと伝えられています。両親は彼を修道士にすると誓い、「神の賜物」を意味する「テオドレトス」と名付けました。

両親の死後、テオドレトスはアパメイア近郊の修道院で修道生活を送りました。423年、30歳でキュロスの主教に任命され、その職務の中で、公共浴場や橋などの公共施設を整備しました。また、マルキオン派やアレイオス派の信徒を多数改宗させました。

アンティオキア派とアレクサンドリア派

キュロスはアンティオキアに近い地域であり、テオドレトスの神学思想もアンティオキアの伝統を受け継いでいました。アンティオキア学派は、聖書解釈において歴史的文脈や語句の字義を重視しました。また、ギリシア語訳旧約聖書だけでなく、アクィラ、シュンマコス、テオドティオンらの非キリスト教徒によるギリシア語訳も積極的に用いました。これは、聖書の句を比喩的に解釈するアレクサンドリア学派とは対照的でした。

キリスト論においては、イエス・キリストが受肉して得た人間としての性質（人性）を強調し、神としての性質（神性）を重視するアレクサンドリア学派と対立しました。

キリスト論論争

アンティオキア学派のネストリオスがコンスタンティノポリス主教に就任すると、マリアを「神の母」（テオトコス）と呼ぶことに異議を唱えました。これに対し、アレクサンドリアのキュリロスが反論し、論争が激化しました。431年のエフェソス公会議でネストリオスは異端と宣告されました。

テオドレトスは、アンティオキア派としてネストリオスを擁護し、キュリロスと論争しました。また、キュリロス派がネストリオス主義の先駆者としてディオドロスやテオドロスを非難すると、彼らを擁護しました。この間、多くの聖書註解や『敬神者列伝』などの著作を著しました。

キュリロス死後も、アレクサンドリア派のディオスコロスやエウテュケスらが主張した単性論に反論し続けました。449年のエフェソス強盗会議では、キュロスの主教区から出ることを禁じられましたが、451年のカルケドン公会議では、単性論が異端とされ、テオドレトスは正統信仰を認められました。彼はネストリオス説の問題点を認識していましたが、ネストリオスに対する異端宣告には最後まで反対しました（最終的には同意）。カルケドン信条は、現代のキリスト教主要宗派で重要な教義とされています。

テオドレトスはカルケドン公会議後の453年まで生存していましたが、それ以降の消息は不明です。

死後

553年の第2コンスタンティノポリス公会議で、テオドレトスの著作の一部が異端とされましたが、カルケドン公会議に署名しているため、彼の著作全体が排斥されたわけではありません。彼の著作はギリシア語で多数現存しています。

一方、同じ公会議で、アンティオキア学派の先駆者であるモプスエスティアのテオドロスは異端宣告を受けました。テオドロスは東シリア教会で篤く崇敬されているのに対し、テオドレトスは事実上無視されています。これは対照的な受容と言えます。

著作

テオドレトスは、聖書註解、教会史、神学、護教論など多岐にわたる著作を残しました。ギリシア古典にも通じ、平明で正確な古典ギリシア語で執筆しましたが、シリア語も話せたと言われています。

主な著作は以下の通りです。

『教会史』：エウセビオスの『教会史』を引き継ぎ、428年までの教会史を記述。
『敬神者列伝』：同時代の修道士たちの記録。
『異端略史』：異端とされる諸派の思想を要約し、正統信仰を体系的にまとめたもの。
『先慮（摂理）についての講話』
『聖なる三位一体および主の受肉について』
『ギリシア病の治癒』：ギリシア古典とキリスト教の優位性を論じた護教論。
『物乞い』：単性論者への反駁書。
諸々の聖書註解
『八書質疑集』：旧約聖書の創世記からルツ記までの註解。
パウロ書簡に対する逐語註解
* 書簡

これらの著作は、古代キリスト教神学の研究において非常に重要な資料となっています。

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