マルキオン

マルキオン（100年？-160年？）は、2世紀のローマで活動したキリスト教の指導者であり、小アジア（現在のトルコ）のシノペ出身です。彼は、キリスト教の聖書正典の概念を初めて打ち出した人物として知られています。マルキオンは、自身の思想に基づいて独自の「聖書正典」を編纂し、その内容は当時の主流のキリスト教とは大きく異なっていました。

生涯と思想

マルキオンは、船主の息子として生まれたと伝えられています。司教であった父親と対立し、故郷を離れてローマに移住しました。ローマでは教会に私財を寄付し、一時的に受け入れられましたが、彼の教えが正統ではないと判断され、144年に破門されました。その後、マルキオンはローマで自身の教会を設立し、それはマルキオン派と呼ばれ、各地に広がりました。

マルキオンの著書は、異端とされたために教会によって焚書され、現存していません。しかし、彼の思想は、彼を批判した神学者たちの記録から推測することができます。ユスティノス、エイレナイオス、テルトゥリアヌス、オリゲネスなどが、マルキオンを批判した神学者として知られています。特にテルトゥリアヌスの『マルキオン反駁』は、マルキオンの思想を知る上で重要な資料となっています。

マルキオンの思想の中心には、旧約聖書の神と新約聖書の神を区別するという考え方があります。彼は、旧約聖書の神を、怒りや嫉妬に満ちた不完全な神であるとしました。この神が創造した世界も苦しみに満ちていると考えました。一方、イエスが示した神は、慈悲深い真の神であると主張しました。また、マルキオンはイエスがユダヤ教のメシアではないとし、イエスの人間性を否定する仮現説を唱えました。

この考えに基づいて、マルキオンは旧約聖書をキリスト教徒にとって不必要であると考えました。そして、自身が重要と考える文書のみを選び、独自の正典を編纂しました。この正典には、ルカによる福音書とパウロの手紙が含まれていました。ただし、これらの文書はマルキオンによって一部改変が加えられていました。マルキオンはパウロの手紙を重視しましたが、テモテへの二つの手紙とテトスへの手紙は除外しました。マルキオンの正典編纂は、その後のキリスト教における新約聖書の正典化を促すきっかけとなりました。

また、マルキオンの思想にはグノーシス主義の影響が見られます。彼は、物質世界を悪とし、霊的な世界を善とする二元論的な考えを持っていました。しかし、グノーシス主義の他の派閥とは異なり、マルキオンは啓示によって様々な福音書を創作するのではなく、正典を限定して捉えました。また、認識（グノーシス）よりも信仰を重視していました。これらの点から、マルキオンをグノーシス主義とは区別して考えるべきだとする研究者もいます。

マルキオンに関する重要な著作としては、アドルフ・フォン・ハルナックによる『マルキオン：異邦の神の福音』が挙げられます。この著作は、マルキオンの研究において基本文献とされています。

マルキオンの正典

ルカによる福音書（マルキオンによって改変されたもの）
パウロの手紙（テモテへの二つの手紙とテトスへの手紙を除く）

マルキオンの思想は、当時のキリスト教に大きな影響を与え、後のキリスト教の教義形成に大きな影響を与えました。彼の正典編纂の試みは、キリスト教における聖書正典の形成を促し、その思想は異端とされながらも長く議論の対象となりました。

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