テキサスの狙撃兵の誤謬

テキサスの狙撃兵の誤謬とは

「テキサスの狙撃兵の誤謬」（Texas sharpshooter fallacy）とは、手元にある膨大なデータの中から、都合の良い特定の箇所だけを切り取り、そこに何らかの規則性や関連性があるかのように見せかけることで、誤った結論を導き出す非形式的誤謬の一種です。

この誤謬の名前は、以下のようなジョークに由来しています。あるテキサスの男が納屋の壁に無造作に何発も銃弾を撃ち込んだ後、最も弾痕が集中している場所に後から標的（的）を描き、「自分はなんて射撃の名手だ！」と自慢したという笑い話です。つまり、事前に定めた標的に向かって正確に撃つのではなく、結果としてできたパターンに合わせて後から理屈をこじつける様子を風刺しています。

この誤謬が生まれる背景

テキサスの狙撃兵の誤謬は、通常、扱うデータの量が非常に多い場合に発生しやすくなります。大量のデータの中には、純粋な偶然によって、ある特定の要素の集まりだけが何らかの共通の特性を持っていたり、統計的に有意に見える相関を示したりする可能性が常に存在します。この誤謬を犯す人は、その偶然できた部分的なパターンや相関に目をつけ、それがデータ全体、あるいは真の原因に基づいているかのように解釈してしまいます。

この誤謬の最大の特徴は、データを収集したり観察したりする「前」に、特定の仮説を明確に設定していない点にあります。データを見た後に、そこに偶然見つかったパターンに合わせて仮説を作り出す、いわゆる「事後的な仮説形成」が問題となります。データを見る前に特定の物理メカニズムや理論に基づいた仮説を立て、その仮説がデータによって支持されるか反証されるかを見るという、本来の科学的な検証プロセスとは異なります。すでに収集・検査されたデータを使って仮説を構築し、さらにその「同じ」データを使ってその仮説を検証しようとすることが、この誤謬に陥る原因となります。

統計学では、多数の項目について同時に統計的検定を行うと、偶然にも統計的有意差が出てしまう可能性が高くなる「多重比較問題」として知られています。また、認知心理学では、無意味なデータや情報の中に、関連性やパターンを見出そうとする人間の傾向を「アポフェニア」と呼びます。テキサスの狙撃兵の誤謬は、これらの問題を哲学や修辞学の文脈に応用・拡張したものとも言えます。無作為なものにパターンを読み取ってしまう傾向は、「クラスター錯覚」という概念とも関連が深いです。

具体的な例

スウェーデンの電力線調査

1992年、スウェーデンで電力線が健康に悪影響を与えるかどうかが調査されました。研究者たちは、高圧送電線から300メートル以内に25年以上住んでいる人々を対象に、800以上の様々な病気の発生率を調べました。その結果、電力線に最も近い地域に住む子供たちの間で、小児白血病の発生率が統計的に見て約4倍高いという結果が得られました。この発表は広く報じられ、政府に対策を求める声が高まりました。

しかし、この結論には大きな問題がありました。調査対象とした病気の数が800以上と非常に多かったため、たとえ電力線と病気の間に関連性が全くなかったとしても、純粋な統計的な偶然によって、少なくとも1つや2つの病気で統計的に有意な差が出てしまう確率が非常に高かったのです。これはまさに多重比較問題の典型例であり、テキサスの狙撃兵の誤謬に他なりません。その後の追跡調査や他の研究では、電力線と小児白血病の間に因果関係や明らかな相関関係は確認されていません。

行動特性と遺伝子の研究

特定の行動特性（例えば、特定の精神疾患にかかりやすい、あるいは特定の才能があるなど）に関連する遺伝子を探す研究でも、この誤謬に陥る危険性があります。研究では、その特性を持つ人々の集団と、持たない統制群の遺伝子を比較することがあります。ヒトゲノムには数万もの遺伝子が存在するため、何の関係もないにもかかわらず、偶然に一方のグループでより一般的な遺伝子が見つかる可能性は非常に高いのです。もし、多数の遺伝子の中から偶然見つかった相違だけを取り上げて、「この遺伝子が原因でこの行動特性が現れる」と結論づければ、それはテキサスの狙撃兵の誤謬を犯していることになります。

その他の例と関連性

この誤謬は、様々な場面で見られます。

ノストラダムスの予言解釈: 彼の難解な四行詩は、しばしば歴史的な背景や文脈を無視して現代の出来事に都合よく解釈され、「予言が的中した」と主張されることがあります。これは、実際に起きた出来事という「弾痕」に合わせて、後から予言という「的」を描くようなものです。
文学作品: ポーランドのSF作家スタニスワフ・レムの小説『枯草熱』では、このテキサスの狙撃兵の誤謬が物語の重要な要素として用いられています。作中では、無数のランダムな出来事の連鎖が、後から見るとまるで意図されたかのようなパターンや陰謀に見えてしまう様が描かれています。これは、アイザック・アシモフのSFに登場する「心理歴史学」のように、統計的な確率を扱いつつも、それを個人レベルの出来事に当てはめる際に生じる認識の歪みを示唆しています。

テキサスの狙撃兵の誤謬は、確証バイアス（自分の信じたい情報を集める傾向）や前後即因果の誤謬（出来事の順序だけを見て因果関係があると判断する）など、他の多くの認知バイアスや論理的誤謬とも関連しています。意図せず偶然のパターンを過大評価したり、恣意的なデータの選択によって誤った結論を導き出したりすることを避けるためには、統計的手法を正しく理解し、特に多数の項目を同時に扱う際には多重比較の問題に注意すること、そして何よりも、データを見る前に明確な仮説を設定し、その検証計画を立てておくことが重要です。

もう一度検索