心理歴史学

心理歴史学は、アイザック・アシモフのSF小説『ファウンデーション』シリーズに登場する架空の学問分野です。これは、膨大な数の人間集団の行動を予測するための数学的手法であり、社会的ならびに経済的な刺激に対する人々の感情や反応に一定の規則性を見出すことで、未来の人類の行動を予測しようとするものです。

概要

『ファウンデーション』シリーズにおいて、心理歴史学は物語の根幹をなす重要な要素です。アシモフは、エドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』に触発され、宇宙における未来の歴史を描こうとしました。その際、SF的な要素として、人類の未来を数学的に予測する手段を導入することを思いつき、気体分子運動論のアナロジーから「心理歴史学」を考案しました。気体分子運動論では、個々の分子の運動は予測不可能ですが、分子の集団としての気体であれば平均的な運動を計算できます。これと同様に、個々の人間の行動は予測できなくても、人間の集団全体の行動は予測できると考えたのです。

心理歴史学による未来予測が可能となるためには、以下の3つの重要な前提条件があります。

1. 大集団: 個人ではなく、膨大な人数から構成される集団を扱うこと
2. 独立性: 人々が心理歴史学による予測の内容を知らず、その影響を受けずに自発的に行動していること
3. 均一性: 扱う集団が人類のみで構成されていること

これらの条件は、気体分子運動論の基本原則に直接対応しています。

心理歴史学は過去の歴史の評価よりも未来予測に重点を置いているため、「心理社会学」という名称の方が適切であるという意見もあります。アシモフ自身も後年その点を認めつつ、「銀河系宇宙の歴史を描く」という考えに強く囚われていたため、「心理歴史学」という言葉しか思いつかなかったと述べています。

しかし、アシモフは同時に、人間集団の行動と気体分子運動論の間にはアナロジーが成立しない可能性も指摘し、近年登場したカオス理論に言及しています。アシモフの死後、他のSF[[作家]]によって書かれた『新・銀河帝国興亡史』3部作では、人類社会の秩序を破壊しようとする「混沌（カオス）」と、心理歴史学によって秩序を護ろうとするセルダンたちの対決が描かれています。

『ファウンデーションの彼方へ』以降の作品では、心理歴史学とロボット工学三原則との関わりが描かれ、「第零法則」に従うロボットたちが、人類全体の危機を回避するために未来を定量的に予測する必要があったことから、心理歴史学の登場を仕組んでいたことが明らかにされています。

『ファウンデーション』シリーズには人類以外の異星人が登場しなかったため、前述の基本原則の3番目の項目は明示されませんでしたが、『ファウンデーションと地球』の結末でようやく明示され、今後異星人が登場する構想が示唆されました。しかし、アシモフの死去により、その構想は実現しませんでした。ただし、『新・銀河帝国興亡史』の最終巻では、その後の展開への伏線が張られています。

作品中における心理歴史学

銀河帝国末期、辺境の惑星ヘリコン出身の数学者、ハリ・セルダンによって考案されました。当初、セルダンは心理歴史学を思考実験と捉えていましたが、銀河帝国の首都トランターでの体験から、実用化の必要性と手段を見出し、研究に生涯を捧げました。

皇帝クレオン一世や宰相エトー・デマーゼルの援助、ユーゴ・アマリルら若き才能の参加、心理歴史学の数式を収納・演算できる「プライム・レィディアント」の発明などの助けがあったものの、研究は困難を極めました。

セルダンは銀河帝国の崩壊と数万年に及ぶ暗黒時代の到来を予測し、暗黒時代の期間を1000年に短縮すると共に、より健全な第二帝国を復興させるため、「セルダン・プラン」と呼ばれる未来の人類のコースを設定し、二つのファウンデーションを設立しました。第一ファウンデーションはセルダン危機を自らの力で乗り越えることを要求され、第二ファウンデーションはセルダン・プランの検証と修正に従事しました。しかし、精神操作能力を持つ突然変異体ミュールの出現や、ゴラン・トレヴィズが銀河系の未来を超有機体ガイアに委ねたことなどにより、セルダン・プランは頓挫することになりました。

作中では、セルダンが気体分子運動論をモデルに心理歴史学を考案したことや、名称を「心理社会学」にすべきだったと発言する描写があります。

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