テトラエチル鉛

テトラエチル鉛：その性質、歴史、そして環境問題

テトラエチル鉛（TEL、化学式 Pb(CH3CH2)4）は、かつてガソリンのノッキング防止剤として広く利用されていた有機鉛化合物です。無色の液体で特有の臭気を持ち、揮発性が高く、日光に弱く分解しやすいという性質があります。さらに、金属を腐食する作用があり、蒸気や皮膚からの吸収によって強い神経毒性を示す危険な物質です。

合成と用途

TELは、鉛-ナトリウム合金とクロロエタンを反応させることで合成されます。他にも、グリニャール試薬や電解法を用いた合成法も知られています。1921年、GM社のチャールズ・ケタリングの下で働いていたトーマス・ミジリーによって、エンジンのノッキング防止剤として開発されました。

TELがノッキングを抑制する原理は、[内燃機関]]の高温下で鉛原子と炭素原子の結合が切断され、生成したエチルラジカルが燃焼し、鉛が酸化鉛]となることにあります。この[[鉛や酸化鉛が、燃焼過程で生じるラジカル中間体を除去することで、未燃焼混合気の着火を抑制するのです。つまり、アンチノック剤として機能するのは鉛そのものであり、TELはガソリンへの鉛の溶解性を高める役割を果たしていると言えるでしょう。燃焼反応は、(CH3CH2)4Pb + 13O2 → 8CO2 + 10H2O + Pb と表されます。

しかし、[燃焼]]によって生じる鉛や酸化鉛がエンジン内部に蓄積すると、エンジンを損傷する可能性があります。そのため、鉛除去剤として1,2-ジブロモエタンや1,2-ジクロロエタンが併用されました。これにより、臭化鉛]や塩化[鉛]が生成し、排気ガスとともに排出されます。これらの[[鉛化合物は、1000℃弱で気化するため、大気中へ放出されます。

環境問題とガソリン無[[鉛化]]

TELの毒性と、その使用による大気汚染への懸念から、1970年代から世界中で自動車用ガソリンの無[[鉛化]]が進められました。日本では1986年に世界に先駆けて完全無[[鉛化]]を達成しました。これは、排気ガス中の鉛による中毒の危険性、触媒式排ガス浄化装置への悪影響、そしてアルキル鉛に代わるアンチノック剤の開発といった要因が重なった結果です。現在では、アルジェリア、イエメン、イラクの3か国を除き、自動車用ガソリンへのTEL添加は禁止されています。ただし、航空機用の有[[鉛ガソリン]]（Avgas）にはいまだ使用されています。

法規制と歴史的事件

日本では、毒物及び劇物取締法でTELは特定毒物に指定されており、製造、輸入、取り扱いには都道府県知事の許可が必要です。また、労働安全衛生法では、四アルキル鉛を取り扱う事業者には、作業主任者の選任、特殊健康診断、安全衛生教育などが義務付けられています。

1957年には福岡市で、地下[[水]]がTELで汚染された事件が発生しました。これは、防空壕に放置されていたTELとガソリンの混合物が漏出したことが原因でした。また、1970年にはイギリスの貨物船が日本近海でTELを海洋投棄した事件も発生しています。

まとめ

TELは、かつては不可欠な物質でしたが、その毒性と環境への影響から、現在ではその使用は厳しく制限されています。この物質の歴史は、技術革新と環境保全のバランスの難しさを改めて示すものと言えるでしょう。今後も、環境への負荷を低減するための技術開発と規制の強化が重要です。

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