テムル・クトルク

テムル・クトルク・ハン：ジョチ・ウルスの動乱とアストラハン王家の始祖伝説

テムル・クトルク・ハン（生年不詳 - 1399年）は、ジョチ・ウルスのハンの一人です。彼は、ジョチの息子トカ・テムルの子孫であり、バトゥ家断絶後のジョチ・ウルスにおいて、有力者エディゲによって擁立されました。彼の血筋は、後のアストラハン・ハン国の初代君主カースィム・ハンに繋がるとされ、アストラハン王家の始祖と見なされることもあります。

生い立ちと即位

テムル・クトルクは、トカ・テムルの末裔である「ノムカン家」の出身でした。彼の父テムル・ベク・ハンは、有力部族長クトゥルキヤの娘婿であり、テムル・クトルクはクトゥルキヤの甥にあたります。当時のジョチ・ウルスは、バトゥ家とオルダ家が相次いで断絶し、内乱状態にありました。1470年代にオルダ・ウルスでオロス・ハンが台頭し、一時的に統一を回復しましたが、テムル・クトルクの父テムル・ベクは、オロス・ハンに仕えながらも、後にトクタミシュによって打倒されました。

父の死後、テムル・クトルクは叔父エディゲと共にティムールの下に亡命しました。その後、トクタミシュがティムールに敗れ没落すると、エディゲはテムル・クトルクをハンとして擁立し、キプチャク草原に戻りました。しかし、実権はエディゲが掌握し、テムル・クトルクは名目的な君主に過ぎなかったと言われています。

ヴォルスクラ川の戦いとその後

テムル・クトルクの即位後も、トクタミシュはリトアニア大公国に亡命し、再起を図っていました。1399年、トクタミシュはリトアニア大公ヴィータウタスと共にジョチ・ウルスに侵攻しましたが、テムル・クトルクは自ら軍を率いてヴォルスクラ川の戦いでリトアニア軍を破り、トクタミシュの再興を阻止しました。しかし、その後、トクタミシュの遺児との戦いの中でテムル・クトルクは亡くなりました。彼の死後も、エディゲは傀儡のハンを擁立し続け、ジョチ・ウルスの実権を掌握しました。

アストラハン王家との繋がり

テムル・クトルクの孫であるクチュク・ムハンマドの孫が、アストラハン・ハン国の初代君主とされるカースィム・ハンです。しかし、17世紀に編纂された系譜史料『ビロードの書』では、テムル・クトルク自身がアストラハンの初代君主とされています。このことから、赤坂恒明は、「アストラハン・ハン国」という概念が後世に作られたものであり、同時代的にはテムル・クトルクこそがアストラハン王統の始祖と考えられていた可能性を指摘しています。

テムル・クトルクは、ジョチ・ウルスの動乱期に翻弄されながらも、その後の歴史に大きな影響を与えた人物と言えるでしょう。


参考文献
赤坂恒明『ジュチ裔諸政権史の研究』（風間書房、2005年2月）
赤坂恒明「ペルシア語・チャガタイ語諸史料に見えるモンゴル王統系譜とロシア」『北西ユーラシアの歴史空間』（北海道大学出版会、2016年3月）
川口琢司「キプチャク草原とロシア」『岩波講座世界歴史11』（岩波書店、1997年）
川口琢司「ジョチ・ウルスにおけるコンクラト部族」『ポストモンゴル期におけるアジア諸帝国に関する総合的研究』（2002年）
* 坂井弘紀「ノガイ・オルダの創始者エディゲの生涯」『和光大学表現学部紀要』（第8号、2007年）

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