ノガイ・オルダ

ノガイ・オルダ：カスピ海北岸を舞台にした遊牧帝国の興亡

15世紀から16世紀にかけて、カスピ海北岸を中心とした広大なキプチャク草原に、ノガイ・オルダという独自の遊牧政権が存在しました。ジョチ・ウルスという巨大帝国の解体後、その勢力圏を継承した複数の国家の一つであり、独自の文化と歴史を形成したことで知られています。本稿では、ノガイ・オルダの成立から衰退、そしてその歴史的意義について詳細に解説します。

ノガイ・オルダの成立と勢力拡大

ノガイ・オルダの建国は、ジョチ・ウルス東部で台頭した有力部族マンギトの指導者エディゲと彼の息子ヌラディンに帰属します。エディゲはチンギス・ハンの子孫ではなく、ハン（ハーン）の称号を得ることはありませんでしたが、事実上の支配者としてノガイ・オルダを率いました。ノガイという名称は、エディゲ以前のジョチ・ウルスの有力者ノガイに由来すると考えられていますが、確証はありません。彼自身は、部族名であるマンギトを名乗っていました。

エディゲは、中央アジアの覇者ティムールと複雑な関係を築きました。ティムールの支援を受けたトクタミシュと対立し、やがてはティムールと協力してトクタミシュを打倒、勢力を拡大しました。1398年には、ジョチ・ウルスの新たなハンを擁立し、自身はアミール（エミール）の地位に就き、ノガイ・オルダの基礎を築きました。

エディゲの死後、息子のヌラディンが後を継ぎ、ノガイ・オルダはさらに勢力を拡大します。ヴォルガ川とウラル川の間の地域から、アラル海北岸、アゾフ海東岸にまでその支配は及ぶようになりました。15世紀の中頃以降は、ノガイ・オルダの支援を受けたティムール・クトルクの子孫がアストラハン・ハン国を建国しており、ノガイ・オルダのこの地域における安定した支配を物語っています。

ノガイ・オルダの最盛期と分裂

ノガイ・オルダは、ヌラディンの孫ムサの治世（15世紀後半）に最盛期を迎えました。この頃、ノガイ・オルダに属する遊牧民たちは「ノガイ」と呼ばれるようになり、周辺のタタール、ウズベク、カザフなどの集団と区別されるようになりました。

しかし、同時にノガイ・オルダ内部では権力闘争が激化し、16世紀半ばには大ノガイと小ノガイという二つの勢力に分裂しました。この分裂は、クリミア・ハン国とオスマン帝国、そして台頭してきたモスクワ大公国（ロシア）という周辺勢力との関係に深く関わっています。大ノガイはモスクワ大公国と、小ノガイはクリミア・ハン国とそれぞれ同盟関係を結び、対立を深めていきました。

解体とノガイ人の分散

16世紀後半以降、ノガイ・オルダは急速に衰退していきました。部族組織の解体が進み、多くのノガイ人はロシアやクリミア・ハン国領に移住したり、中央アジアへと散っていきました。ロシアの保護下に入ったノガイ人は、ロシア軍に編入され、戦役に従事するようになりました。一方、クリミア・ハン国と関係の深かった小ノガイは、クリミア・タタール人に同化していきました。

17世紀前半には、オイラトのトルグート部（カルムイク）がノガイ・オルダの勢力圏に侵入、ノガイ人を追ってその地を占拠しました。この出来事を契機にノガイ・オルダは完全に解体し、ノガイ人は各地に散らばる運命を辿りました。

解体後も、黒海・アゾフ海北岸にはいくつかのノガイ集団が残り、クリミア・ハン国やロシア、ポーランドとの関係を維持しました。しかし、ロシアの勢力拡大やクリミア・ハン国の滅亡によって、彼らは次第に勢力を失い、19世紀後半にはその多くが姿を消しました。現在、ノガイの名を継承する集団は、北カフカスのダゲスタンに残るノガイ人だけです。

ノガイ・オルダの文化

ノガイ・オルダの遊牧民はイスラム教を信仰していました。エディゲの後裔たちは、独自の系譜を作り出し、イスラム教の信仰を強調していました。クリミア・ハン国やカザフ・ハン国とは異なり、ノガイ・オルダの直系の後裔は現在ほとんど残っていませんが、彼らの歴史伝承は英雄叙事詩として、中央ユーラシア各地のテュルク系諸民族の間で語り継がれ、「ノガイ体系」と呼ばれる叙事詩群として現代に伝えられています。

ノガイ・オルダは、その短い歴史の中で、独自の文化と政治構造を形成した遊牧政権でした。その興亡は、周辺大国の勢力争いや、遊牧民社会特有の内部抗争、そして環境変化などが複雑に絡み合った結果であると言えるでしょう。彼らの歴史は、中央ユーラシアの歴史を理解する上で重要な一端を担っています。

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