シンベリン

シェイクスピア後期ロマンス劇『シンベリン』：愛憎と策略の物語

ウィリアム・シェイクスピアによる戯曲『シンベリン (Cymbeline)』は、古くから伝わるブリテン王クノベリヌスを題材とした作品です。初演は1611年とされ、当初は悲劇に分類されていましたが、現代では後期ロマンス劇として位置付けられることが多い作品です。

複雑なプロットと多様なテーマ

『シンベリン』は、愛と嫉妬、裏切りと復讐、そして真実と虚偽といった相反するテーマが複雑に絡み合い、観る者を惹きつけます。主要登場人物たちは、道徳的・社会的な葛藤に直面し、その苦悩と決断を通して人間の本質を問いかけます。そのため、「問題劇」と呼ばれることもあります。

歴史と創作の融合

シェイクスピアは、ジェフリー・オブ・モンマスの『ブリタニア列王史』に記されたクノベリヌスの物語を基にしていますが、そこに独自の解釈やサブプロットを加えることで、歴史とフィクションを巧みに融合させています。例えば、継母と娘、義理の娘という登場人物の関係性には、ローマ皇帝アウグストゥスの家族関係との興味深い類似点が指摘されています。また、主要な陰謀のアイデアの一部は、ボッカッチョの『デカメロン』からの着想である可能性も示唆されています。しかし、プロットの大部分はシェイクスピアのオリジナルであり、その創造性が光ります。

創作年代とテキストの謎

『シンベリン』の正確な創作年代は不明です。いくつかの学説が提唱されていますが、いずれも決定的な証拠に欠けています。1609年頃という説は、同時代の他の戯曲との類似性に基づいていますが、どちらが先に書かれたのかは定かではありません。シェイクスピアの共作説を主張する研究者も存在し、特定の場面がシェイクスピア以外の作家によるものだと推測する意見もあります。

テキストについても、いくつかの異論があります。「イモージェン」という登場人物の名前が「イノージェン」の誤記である可能性が指摘されているほか、劇中の登場人物やプロットに他のシェイクスピア作品との関連性が示唆され、複雑なテキスト研究の対象となっています。

劇的効果と評価の変遷

『シンベリン』は、その入り組んだプロットと、劇的な演出、特に第5幕のジュピターの登場シーンは、パロディの対象になるほど独特です。一時は高い評価を得ていたものの、その後は人気を失い、「だらだらとした不合理な話」という批判も浴びました。しかし、ハズリットやキーツなど、シェイクスピア作品を愛する評論家たちは、本作を高く評価するなど、評価は時代とともに変遷しています。

登場人物とあらすじ

主要な登場人物には、ブリテン王シンベリン、王女イモージェン、イモージェンの夫ポステュマス、イモージェンの継母と前夫の息子クロートン、そしてベレーリアスとその養子たちなど、個性豊かな面々が揃っています。

あらすじは、イモージェンとポステュマスの密かな結婚、ポステュマスに対するヤーキモーの策略、イモージェンの貞節を守るため男装して逃亡する展開、そして最後に真実が明らかになるまでの波乱に満ちた物語です。ローマ軍との戦争や、予期せぬ兄弟との再会など、劇的な展開が目白押しで、読者・観客を最後まで飽きさせません。

上演史と翻案

『シンベリン』は、初演以来、様々な形で上演され、改作や翻案も数多く存在します。王政復古期には改作版が上演され、18世紀にはギャリックによる上演が成功を収めるなど、時代に合わせて演出が工夫されてきました。しかし、近年では上演機会が減っており、シェイクスピア作品の中でも上演頻度の低い作品の一つとなっています。日本でも上演回数は多くありません。

『シンベリン』の影響

劇中の葬送歌「Fear No More」は、その美しい旋律と詩的な歌詞から、多くの作家や作曲家に影響を与えてきました。T・S・エリオットやヴァージニア・ウルフの作品にも引用され、その歌詞は広く知られています。

『シンベリン』は、その複雑なプロット、多様なテーマ、そして忘れがたい登場人物たちを通して、シェイクスピアの卓越した劇作技術と、人間の深淵を描き出した傑作として、今もなおシェイクスピア研究者や演劇愛好家たちを魅了し続けています。様々な解釈や分析がなされてきた作品であり、これからも人々の想像力を刺激し続けることでしょう。

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