トマス・ウィールクス

トマス・ウィールクス（Thomas Weelkes, 1576年 10月25日洗礼 - 1623年 12月1日没）は、エリザベス朝後期からジェームズ朝初期にかけてのイングランドを代表する作曲家、そしてオルガニストです。特に声楽曲の分野、すなわちイタリアで発展した世俗音楽形式であるマドリガルや、イングランド国教会の礼拝に用いられるアンセムやサーヴィスなどで多くの優れた作品を残しました。

生涯

ウィールクスが洗礼を受けたのは、1576年 10月25日、サセックス州エルステッドの小さな村にある教会でした。父親は同教会の主管者を務めていたジョン・ウィールクスであったと推測されていますが、確実な記録は見つかっていません。彼の最初のマドリガル集が刊行されたのは1597年ですが、その序文には作者が非常に若かったと記されており、このことから、ウィールクスはおそらく1570年代の中頃に生まれたと考えられています。

当初、廷臣であったエドワード・ダーシーに仕えていましたが、1598年の末頃、ウィールクスがおよそ22歳の時に、ウィンチェスター・カレッジのオルガニストに任命されました。彼はこの職を2、3年務め、その間の報酬は、食費や住居も含まれた上で、3ヶ月ごとに13シリング4ペンスでした。ウィンチェスター在任中には、さらに2冊のマドリガル集（1598年版、1600年版）を出版しています。

1602年にはオックスフォードのニュー・カレッジから音楽学士号（B. Mus.）を取得。その後の1601年10月から1602年10月にかけての時期に、チチェスター大聖堂へと移りました。ここで彼はオルガニストとinformator choristarum（合唱指導者）の職に就き、さらに教区書記も兼任しました。この時の報酬は年額15ポンド2シリング4ペンスに加えて、食費、住居、生活費が支給されました。翌年には地元の裕福な家柄の娘であったエリザベス・サンダムと結婚し、後に3人の子供をもうけましたが、結婚当時、エリザベスはすでに妊娠していたという噂もあったようです。

ウィールクスの4冊目にして最後のマドリガル集は1608年に出版されましたが、その表紙には自身を「王家礼拝堂のジェントルマン」と記しています。しかし、王家礼拝堂の公式記録には彼の名前は見られず、実際には最高でもGentleman Extraordinary、すなわち正式な地位を求めている人物の一人に過ぎなかったようです。

チチェスター大聖堂でのキャリアは、彼の品行の問題によってしばしば波乱含みとなりました。J・シェパードなどの研究者は、ウィールクスの生活が荒れ始めたのは1609年に休職を命じられた頃からではないかと推測しています。飲酒に関する具体的な記述は1613年以降に見られますが、1616年には主教に「粗野な大酒飲み」であり、「毒舌で神を冒涜している」との報告がなされるに至りました。彼は飲酒状態でオルガンを演奏し、礼拝中に不適切な言葉を吐いたとして、参事会長と管区によって一度解雇されましたが、後に復職し、亡くなるまでその地位に留まりました。しかし、彼の振る舞いが改善されたわけではなく、1619年には再び問題行動が報告されています。

1622年に妻エリザベスが亡くなりました。この頃にはすでにチチェスター大聖堂に復職していたはずですが、ウィールクスはかなりの時間をロンドンで過ごしていたようです。そして1623年 12月1日、ロンドンの友人の家で生涯を閉じ、フリート街のセント・ブライド教会に埋葬されました。亡くなる直前に作成された遺言状により、彼の遺産は、世話になった友人への遺贈と、残りの全てを3人の子供たちへ分配することが定められました。

音楽

トマス・ウィールクスは、主に声楽曲、中でもマドリガルと教会音楽の分野で高い評価を得ています。特にイングランド国教会の典礼のための音楽、とりわけ晩祷式の聖歌を数多く作曲しました。彼のアンセムにはヴァース・アンセムが多く見られますが、これは彼が仕えたチチェスター大聖堂の小編成の合唱隊に適した形式でした。

ウィールクスは、同じく著名なマドリガル作曲家であったトマス・モーリー（1602年没）と友人関係にあったと考えられています。ウィールクスは、モーリーを追悼するマドリガル形式のアンセムを作曲しています。ウィールクス自身のマドリガルは、大胆な半音階の使用、変化に富んだ複雑な対位法、そして自由で型にはまらないリズムを特徴としており、表現力の豊かさを示しています。

器楽曲はわずかしか残されておらず、演奏される機会も稀です。彼のコンソート音楽は比較的陰鬱な雰囲気を持ち、陽気な性格の多いマドリガル作品とは対照的な側面を見せています。

ウィールクスは、品行上の問題を抱えながらも、当時のイングランド音楽界において重要な足跡を残した作曲家であり、特にマドリガルと教会音楽における革新的な取り組みは今日でも高く評価されています。

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