トマス・ベントン

トマス・ハート・ベントン（1782年3月14日 - 1858年4月10日）は、アメリカ合衆国の政治家であり、ミズーリ州選出のアメリカ合衆国上院議員として特に知られています。彼は合衆国の西への拡大、後に「マニフェスト・デスティニー」と呼ばれるようになる領土拡張政策の強力な推進者として歴史に名を残しています。

若き日々から政治家への道

ノースカロライナ州で生まれたベントンは、裕福な弁護士・地主であった父を早くに亡くしました。祖父はイングランドからの移民でした。ノースカロライナ大学で法律を学びましたが、家業の農場経営のため退学。その後、一家でテネシー州に移住し、広大な土地を開墾して農園を設立します。この開拓者としての経験が、後の政治家としてのキャリアに影響を与えるジェファーソン流民主主義の思想に傾倒するきっかけとなりました。

テネシー州で法律家としての資格を得た後、州上院議員を一期務めました。この頃、テネシー州の有力者であるアンドリュー・ジャクソンの知遇を得て、彼の庇護を受けます。1812年の米英戦争では、ジャクソンの副官として中佐に任官しましたが、実戦経験は得られませんでした。1813年にはジャクソンとの間に乱闘騒ぎを起こし、ジャクソンが負傷するという出来事もありました。

ミズーリでの新生活と上院議員時代

米英戦争終結後、ベントンは新しく開かれたミズーリ準州へと移り住みます。セントルイスに定着した彼は、法律実務を行う傍ら、ミシシッピ川以西で二番目に主要な新聞となった「ミズーリ・エンクワイヤラー」の編集長を務めました。

1817年には、弁護士のチャールズ・ルーカスとの間で激しい対立が生じ、決闘に発展しました。一度目の決闘ではルーカスに怪我を負わせましたが、その後ルーカスから再戦を挑まれ、二度目の決闘でルーカスを死に至らしめるという悲劇的な事件を起こしています。

1820年のミズーリ妥協によりミズーリが州に昇格すると、ベントンはミズーリ州選出の初代アメリカ合衆国上院議員の一人に選ばれました。彼は1821年から1851年まで30年間、上院議員を務め、5期務めた初の議員となりました。

政治思想と業績

上院議員として、ベントンは民主共和党（後に民主党）の主要な政治家として活躍しました。1824年の大統領選挙で敗れたアンドリュー・ジャクソンとは、過去の個人的な確執を乗り越えて協力関係を築き、第二合衆国銀行への反対運動を主導しました。ジャクソンが大統領問責決議を受けた際には、その決議を公式記録から削除する「抹消運動」を成功させています。

ベントンの最も特徴的な主張の一つは、通貨に関するものでした。彼は紙幣ではなく、金や銀といった「硬貨通貨」（正金）の使用を強く提唱しました。金に裏付けられた紙幣、いわゆる金本位制には反対し、紙幣は東部の富裕層に有利で、西部の開拓者を犠牲にするものだと考えました。連邦の公有地購入には硬貨通貨でのみ支払うことを義務付ける法律を提案し、これは後にジャクソンの大統領令「正金循環」として実現しました。その通貨に対する姿勢から、「オールド・ブルオン（Old Bullion、年取った金塊）」というあだ名で呼ばれるほどでした。

しかし、ベントン上院議員の最大の関心事は、アメリカ合衆国の領土拡大、すなわち「マニフェスト・デスティニー」の実現でした。当初はロッキー山脈を自然な国境と考えていましたが、後に太平洋岸まで領土を拡大すべきだと主張を改めました。未開の土地は十分に確保されていないと考え、入植の奨励に飽くことなく取り組みました。彼が紙幣に反対したのも、主に土地投機を抑制し、真の入植者を増やすためでした。

オレゴン準州については、アメリカ合衆国による単独管理を提唱しました。1818年以降、オレゴンはアメリカとイギリスの共同統治下にありましたが、ベントンは入植を奨励し、国境をアメリカに有利なものにしようとしました。1846年のオレゴン条約で現在の北緯49度線が国境となりましたが、これはベントンが支持した線であり、「54度40分線かさもなくば戦争」といった過激な主張には反対しました。

彼はまた、最初のホームステッド法（自作農地法）を起草した人物であり、土地を開墾する意思のある者ならば誰でも土地を取得できる権利を与えることで、西部への大規模な開拓を促進しようとしました。義理の息子である探検家ジョン・C・フレモントの遠征を支援し、大陸横断鉄道や電報網といったインフラ整備にも熱心に取り組みました。その一方で、ヨーロッパ系入植者のために、先住民族の土地権利剥奪と強制移住も強く主張しました。

ベントンは、独立独歩の精神を持つ政治家として知られ、ダニエル・ウェブスター、ヘンリー・クレイ、ジョン・カルフーンといった同時代の有力な上院議員たちと渡り合いました。拡張論者ではありましたが、その強い倫理観から、政治的な駆け引きや私利私欲に繋がるような動きには反対しました。例えば、テキサス併合自体には賛成し、1819年のアダムズ＝オニス条約で放棄されたテキサスの領有権回復を主張しましたが、1845年の併合や米墨戦争に至る陰謀には反対の立場を取りました。

1844年2月28日、ポトマック川上で起きたUSSプリンストン号の砲身爆発事故に居合わせ、負傷しました。この事故では多くの政府高官が犠牲となりましたが、ベントンの怪我は比較的軽く、議会を欠席することはありませんでした。

晩年と失脚

ベントンは長年民主党に忠実であり、アンドリュー・ジャクソンやマーティン・ヴァン・ビューレン両大統領の強力な支持者でした。しかし、ジェームズ・ポークが大統領に選出される頃から、その影響力は衰退に向かい、特に奴隷制を巡る問題で党内の主流派と意見が対立するようになります。

南部出身で奴隷所有者でもあったベントンですが、次第に奴隷制に対して居心地の悪さを感じるようになり、合衆国からの分離も辞さないほど過激な主張を続ける同僚議員たち、特にジョン・カルフーンらとの関係が悪化しました。良心の呵責から、1849年には「奴隷制度に反対する」と公言し、所属政党や州内の大多数の意見に逆らう立場を取りました。1850年4月には、上院での激しい議論中に、ミシシッピ州選出の上院議員ヘンリー・S・フットに拳銃で襲われそうになるという危機に瀕しましたが、フットは他の議員たちに取り押さえられました。

1851年、ミズーリ州議会はベントンの6期目の選出を否決しました。奴隷制を巡る激しい対立が深まる中、中道寄りで合衆国の維持を訴えるベントンが、州を代表する上院議員であり続けることは困難になっていたのです。

上院議員を退いた後、1852年にはアメリカ合衆国下院議員に当選しますが、ミズーリ妥協の撤廃を主張したため、1854年の選挙では落選します。1856年にはミズーリ州知事選挙に出馬しましたが、トラステン・ポークに敗れました。この年、義理の息子のジョン・C・フレモントが共和党候補として大統領選挙に出馬しますが、ベントンは晩年まで民主党への忠誠を貫き、民主党候補のジェームズ・ブキャナンに投票しています。

家族と後世の評価

ベントンは19世紀の多くの著名な人物と姻戚または血縁関係を通じて繋がっていました。甥には南北戦争で敵味方に分かれて戦った南軍のサミュエル・ベントンと北軍のトマス・ハート・ベントン・ジュニア将軍がいます。探検家で大統領候補にもなったジョン・C・フレモントは彼の義理の息子（娘ジェシーの夫）であり、彼自身も有名な著作家となりました。従兄弟甥には20世紀の著名な画家、同名のトマス・ハート・ベントンがいます。

1854年に自叙伝『30年間の見解』を出版した後、1858年にワシントンD.C.で死去しました。彼の子孫たちもまた、ミズーリ州で重要な役割を果たしました。

ベントンは、後にアメリカ合衆国大統領となった2人の人物によって伝記的に研究されています。セオドア・ルーズベルトは1887年に彼の伝記を出版し、ジョン・F・ケネディの著書『勇気の人』では、困難な状況下で信念を貫いた8人の上院議員の一人として紹介されています。1899年には、ミズーリ州から寄贈された彼の彫像が、ワシントンD.C.のアメリカ合衆国議会議事堂にある国立彫像ホール・コレクションに収められました。

ベントンゆかりの言葉

「誰もベントンには反対していない、諸君、何人かのブラックジャックの草原弁護士を除いてだ。これらはベントンの反対者に過ぎない。ベントンと人民、ベントンと民主主義は1つの同じものであり、同義語、そうさ同義語だ。」
「私は喧嘩はしないが戦いはする。私が戦うときは葬儀が必要になるよ。」
「ジャクソン将軍は大変偉大な人だった。私が彼を撃った。」（アンドリュー・ジャクソンを知っているか尋ねられた時の答え）
「アンドリュー・ジャクソンが絞首刑について語り始める時、人はロープを探し始める。」（無効化の危機のとき）

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