トマス・レイク・ハリス

トマス・レイク・ハリス：神秘主義者と薩摩藩留学生の邂逅

トマス・レイク・ハリス (1823-1906) は、19世紀アメリカを舞台に独自の宗教運動を展開した神秘主義者、詩人、宗教家でした。彼は性愛哲学に基づく独自の教義を説き、多くの信者を惹きつけ、独特の共同体生活を営みました。その活動には、日本の薩摩藩からの留学生も参加しており、異文化交流の側面からも興味深い人物です。

厳格な家庭から神秘主義者へ

1823年、イギリスの厳格なピューリタン家庭に生まれたハリスは、幼少期に貧困と母の死を経験します。その後、アメリカへ移住し、ユニヴァーサリスト・チャーチの説教者となった彼は、スウェーデンボルグの神秘主義思想に傾倒し、やがて独自の説教活動を開始します。トランス状態での神秘的な詩作は、多くの信者を獲得するきっかけとなりました。

新生兄弟会と共同体生活

1859年頃、ハリスはニューヨーク州に「新生兄弟会」(The Brotherhood of the New Life) を設立します。この宗教共同体は、厳しい規律と共同生活を特徴とし、農業などを中心とした自給自足生活を送っていました。信者たちはハリスを「父」と仰ぎ、彼の指示に従うことを絶対視する独特の社会構造を形成しました。厳しい肉体労働や無私、質素な生活が求められ、家族であっても同居が許されず、会話が禁止される者もいたと伝えられています。

薩摩藩留学生との出会い

1867年、薩摩藩からの留学生11名が、新生兄弟会に参加しました。これは、英国下院議員でハリスの信者でもあったローレンス・オリファントの仲介によるものです。オリファントは、ハリスの理想郷建設に勤勉な日本人留学生が役立つと考えたのです。留学生たちは、ハリスの説く神秘的な体験や教義に深い感銘を受けたと伝えられています。イギリスの政治家ジョン・ブライトの日記には、留学生たちがハリスを救世主のように仰ぎ、ハリスの呼吸法によって神の存在を感じたと記されています。

しかし、留学生たちの参加は長くは続きませんでした。厳しい生活やハリスの教義への疑念から、多くの留学生は1年以内に共同体を離脱しました。しかし、森有礼や長沢鼎など一部の留学生はハリスとの関わりを続け、その後の生涯に大きな影響を与えました。

カリフォルニアへの移転と教団の終焉

1875年、ハリスはカリフォルニア州サンタローザに移住し、「ファウンテングローブ」という新たなコロニーを建設します。ブドウ園やワイン醸造所を経営し、禁酒運動を批判するなど、活動の場を広げました。しかし、1891年には、ハリスの性的な教義が批判され、大きなスキャンダルに発展します。サンフランシスコ・クロニクル紙での暴露記事は、教団の衰退を加速させました。ハリスは1892年にコロニーを離れ、1895年に宗教活動から引退しました。

ハリスの遺産

ハリスの思想は、スウェーデンボルグ主義とヒンドゥー教神秘思想を独自に融合させたものでした。彼は正統派キリスト教を批判し、厳しい修行と共同体生活を通して神の国を目指しました。ハリスの活動は、共同体主義やキリスト教社会主義といった思想の先駆けとも見なされています。彼の生涯と活動は、宗教、社会、そして異文化交流という様々な側面から、現代においても多くの問いを投げかけるものです。 彼のコロニーに参加した薩摩藩留学生たちの経験は、明治維新後の日本にどのような影響を与えたのか、今後の研究が待たれます。

参考文献

門田明『カリフォルニアの士魂-薩摩留学生長沢鼎小伝』（本邦書籍、1983年）
福田與編『内観祈祷録』（福田與、1984年）
* 永島忠重『新井奥邃先生伝』（永島忠重、1929年）

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