トマ・プレリュボヴィチ

トマ・プレリュボヴィチ：動乱の時代のイピロス専制公

トマ・プレリュボヴィチ（生年不詳 - 1384年）は、14世紀後半のバルカン半島において、激動の時代を生きたセルビア人領主です。彼はイピロス専制公として、その短い治世の中で、領土防衛、内政改革、そして周辺勢力との複雑な外交を展開しました。

生い立ちと家系

トマは、セルビア皇帝ステファン・ウロシュ4世ドゥシャンの甥にあたり、母イェレナを通じてセルビア王家との繋がりを持っていました。父グルグール・プレリュブは、ドゥシャンの下で副帝を務め、セサリア地方の行政官として活動しました。このような恵まれた家系に生まれたトマは、幼い頃から政治的な環境に身を置いていたと考えられます。

イピロス専制公への道

父の死後、トマは動乱の中でイピロス地方へとたどり着き、最終的にヨアニナ市民の要請を受け、1367年にイピロス専制公として迎えられました。彼は、妻マリア・アンゲリナ（シメオン・ウロシュ・パレオロゴスの娘）と共にヨアニナに入城し、イピロスの統治を開始します。

富国強兵と強権政治

トマは、ヨアニナにおいて富国強兵策を推し進めました。税の徴収を厳格化し、防備を強化するための築城・補修工事を積極的に行いました。また、ペストの流行による人口減少に対しては、ギリシア人寡婦とセルビア人男性の再婚を奨励するなど、独自の政策を展開しました。

しかし、これらの政策は領民、特に特権を無視されがちであった貴族層や教会指導者の反発を招きました。トマは、こうした反発に対し、多数の貴族を投獄・追放し、その財産を没収するなど、強権的な姿勢で臨みました。その苛烈さは、「アルバニア人殺しソマス」という異名が残るほどでした。

アルバニア人との抗争

トマの治世は、アルバニア人勢力との絶え間ない抗争に明け暮れました。エトリア専制公ピェタル・リョシャやアカルナニア専制公ジン・ブア・スパタなど、アルバニア人の首長たちがイピロスへの侵攻を繰り返し、ヨアニナは幾度となく包囲されました。トマは、巧みな防衛戦術と外交交渉によって、これらの侵攻をしのぎましたが、その戦いは常に苦しいものでした。

オスマン帝国との同盟と東ローマ帝国との関係

アルバニア人との戦況を打開するため、トマは当時バルカン半島で勢力を拡大していたオスマン帝国との同盟に乗り出しました。しかし、オスマン側の要求が次第に増大していくことに不安を覚え、東ローマ帝国のマヌイル2世パレオロゴスとの関係を深め、臣下として同盟者となりました。しかし、これらの外交関係は、実質的な利益をもたらすことはありませんでした。

暗殺とその後

教会に対する厳しい姿勢は、次第にトマ自身の立場を危うくしていきました。そして1384年12月23日、彼は護衛兵によって暗殺されました。彼の死後、未亡人となったマリアは、エザウ・ブオンデルモンティと再婚し、彼を専制公に任じました。トマの死をもって、イピロスのセルビア人支配は終わりを告げ、イタリア人支配の時代へと移り変わっていきました。

人物評

トマの人物像については、賛否両論があります。『ヨアニナ年代記』では、冷酷、残虐、貪欲な暴君として描かれていますが、これは教会側の視点からの評価であり、割り引いて考える必要があります。相次ぐ反乱と外敵の侵入に対処し、脆弱なセルビア人少数支配の困難さを克服するための苦肉の策であったと評価することもできます。

トマ・プレリュボヴィチは、激動の時代において、その手腕を発揮し、イピロスの地で独自の足跡を残した人物として、歴史に名を刻んでいます。

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