トライアーナ水道

トライアーナ水道（Aqua Traiana）

トライアーナ水道は、古代ローマ時代に建設された主要な水道（ローマ水道）の一つです。紀元後109年6月24日、第13代ローマ皇帝トラヤヌスによって完成されました。

建設の背景と目的

1世紀末にかけて、ローマ市の人口は飛躍的に増加していました。これに伴い、水の需要も増大し、特に良質な水への要望が高まっていました。当時、ローマ市内に水を供給していた主要な水道には、最も古いアッピア水道やアンシエティーナ水道などがありましたが、これらの施設だけでは増え続ける人口の需要に応えきれなくなっていました。こうした状況を背景に、新たな水源から大量の良質な水を供給するために、トライアーナ水道が計画・建設されました。

水源と推定される経路

トライアーナ水道の水源は、ローマ市街地の北西およそ40キロメートルに位置するブラッチャーノ湖周辺の地域に求められました。この地域から取り込まれた水は、導水渠を通じてローマ市内へと送られました。

水道の具体的な経路については、完全には明らかになっていません。作家ラブン・テイラーの調査などによると、ローマ市内に入った水路は、かつてフォルム・ボアリウム付近にあった古い橋、スブリチオ橋の近くでテヴェレ川を渡河し、その後アヴェンティーノの丘を迂回して、最終的にオッピオの丘（現在のコッレ・オッピオ公園周辺）まで到達していたと推測されています。ただし、遺構が少ないため、その正確なルートや構造の詳細は不明な点が多いです。

利用と歴史上の出来事

トライアーナ水道の水は、ローマ市内の公共施設、浴場、噴水、そして私邸など、様々な場所への給水に利用されました。特に注目すべきは、ジャニコロ丘にあった水車群への動力供給源として重要な役割を果たしていたことです。これらの水車は、ローマ市民の生活に不可欠な穀物などを製粉するために使用されていました。

しかし、この重要なインフラも歴史の波に翻弄されました。537年、東ゴート族がローマを包囲し略奪を行った際、ゴート族はジャニコロ丘の製粉用貯水池へ水を供給していたトライアーナ水道を破壊しました。これは、ローマ市民から食料供給の要である水車の動力を奪い、都市機能を麻痺させることを目的としていました。

完成日の詳細と史料の希少性

トライアーナ水道の完成日である109年6月24日は、他の主要な建造物の完成時期と密接に関連しています。この日は、ヴァティカンの丘に建設された大規模な円形競技場であるナウマキア・トライアニが完成する数ヶ月前であり、またトラヤヌス帝がフォルム・ロマヌム近くに建設した巨大な公衆浴場であるトラヤヌス浴場が完成したわずか2日後にあたります。これは、トラヤヌス帝による大規模な公共事業の一環として、本水道が位置づけられていたことを示しています。

しかし、トライアーナ水道に関する技術的な詳細を記した史料は、他の著名なローマ水道に比べて乏しいのが現状です。これは、古代ローマの水道に関する主要な技術書を著し、自身も水道長官を務めたフロンティヌスが、トライアーナ水道が建設される以前に亡くなっていたことに起因すると考えられています。彼の著作に続く詳細な記録が少ないため、現代においても、水道の正確な全長が35キロメートルから60キロメートルの間と推定されるにとどまるなど、不明な点が多いのです。

その後の歴史と復活

ローマ帝国が衰退し滅亡した後、トライアーナ水道は他の多くのインフラと同様に荒廃し、長期間にわたり使用されなくなりました。しかし、その重要な水源と経路は忘れ去られることはありませんでした。17世紀に入ると、当時のローマ教皇パウルス5世（在位1605年 - 1621年）は、古代トライアーナ水道の遺構と水源を利用して新たな水道を建設する事業を推進しました。こうして1612年に完成したのが「パオラ水道（Aqua Paola）」です。パオラ水道は、トライアーナ水道の遺産を引き継ぎ、現代のローマにおいても重要な水源供給源の一つとして機能しています。

トライアーナ水道は、古代ローマの高度な土木技術と、増大する都市の需要に応えようとした帝国の努力を示す遺産であり、その流れはパオラ水道として現代に受け継がれています。

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