トランペット協奏曲 (ハイドン)

ハイドン：トランペット協奏曲 変ホ長調 Hob. VIIe:1

フランツ・ヨーゼフ・ハイドンによるトランペット協奏曲 変ホ長調 Hob. VIIe:1は、1796年に作曲された彼の晩年の重要な作品の一つです。この時期、ハイドンは一連の交響曲や弦楽四重奏曲といった大規模な器楽曲の創作をほぼ終え、オラトリオやミサ曲など声楽作品に主に取り組んでいました。本作は、彼が手掛けた最後の協奏曲としても知られています。

初演は作曲から数年後の1800年3月28日、ウィーンのブルク劇場で行われましたが、当時の聴衆には受け入れられず、不評に終わりました。その後、作品は長く忘れ去られてしまい、楽譜が出版されたのは実に1929年になってからのことです。しかし、出版以降は徐々にその価値が再認識され、今日では多くのトランペット奏者にとって不可欠な主要レパートリーの一つとなっています。

作曲の背景と革新的な楽器

この協奏曲は、ハイドンの長年の友人であったトランペット奏者、アントン・ヴァイディンガーのために書かれました。ヴァイディンガーは、当時のトランペットの技術的な限界を克服すべく、画期的な楽器を開発しました。それが「有鍵トランペット」です。それまで用いられていたトランペットは、基本的にバルブを持たず、唇の圧力変化によって自然倍音列しか演奏できませんでした。このため、演奏可能な音は限られ、特に低い音域では旋律を演奏するのが困難でした。初期のトランペットは、したがって非常に高い音域でファンファーレ的なパッセージや限られた旋律を奏でる楽器という側面が強かったのです（バッハのブランデンブルク協奏曲第2番などが好例です）。

一方、ヴァイディンガーの有鍵トランペットは、フルートのように管に音孔を設け、キー（鍵盤）を操作することで全音域にわたって半音階を演奏することを可能にしました。ハイドンはこの新しい楽器の可能性を最大限に引き出し、従来のトランペットでは不可能だった低い音域での旋律や、豊かな半音階的表現をこの協奏曲に盛り込みました。同時期に活動した作曲家ヨハン・ネポムク・フンメルのトランペット協奏曲も、ヴァイディンガーの有鍵トランペットのために作曲されています。

有鍵トランペットからバルブ式へ

18世紀末から19世紀初頭にかけて、ヨーロッパ各地ではトランペットの音域を拡張し、より自由な演奏を可能にするための様々な試みが行われていました。ヴァイディンガーによる音孔と鍵盤を用いる発想もその一つでしたが、この方式は残念ながら広く普及しませんでした。現在主流となっているバルブ式トランペットが登場し、一般的に使用されるようになるのは1830年代以降のことです。しかし、近年では古楽演奏の高まりもあり、オリジナルの有鍵トランペットを用いた演奏や録音も行われるようになっています。

ちなみに、ハイドンの実弟であるミヒャエル・ハイドンもトランペット協奏曲を作曲しており、こちらも知られています。

再発見と現代における位置づけ

初演後に忘れられていたハイドンのトランペット協奏曲ですが、1899年にウィーンのトランペット奏者パウル・ハンドケ（後にアメリカに移住）がハイドンの自筆譜を再発見したことが、再び世に知られるきっかけとなりました。その後、徐々に演奏・研究されるようになり、前述の通り1929年に楽譜が出版されました。最初の商業録音が行われたのは1938年のことです。現在では、この作品はトランペット奏者にとって技術的、音楽的に重要な学習・演奏課題であり、また聴衆にとってもハイドンの管楽器協奏曲の代表作として広く親しまれています。

楽器編成

この協奏曲は以下の編成で演奏されます。

独奏トランペット
管楽器：フルート2、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2
打楽器：ティンパニ
弦楽器：弦五部（ヴァイオリン第一部、ヴァイオリン第二部、ヴィオラ、チェロ、コントラバス）

楽曲構成

作品は典型的な3つの楽章構成をとっており、特に両端楽章がしばしば演奏されます。全曲を通しての演奏時間は約15分程度です。

1. 第1楽章 アレグロ
変ホ長調、4分の4拍子。きわめて簡潔でありながらも充実した協奏的ソナタ形式で書かれています。
2. 第2楽章 アンダンテ
変イ長調、8分の6拍子。穏やかで歌謡的な緩徐楽章です。
3. 第3楽章 フィナーレ：アレグロ
変ホ長調、4分の2拍子。活気に満ちたロンド形式の楽章です。溌剌とした主題と技巧的なパッセージが特徴で、しばしば単独でも演奏されます。

メディアでの使用例

この作品、特に第3楽章は現代でも様々な場面で使用されることがあります。例えば、2021年に世界的なヒットとなった韓国のドラマ「イカゲーム」の劇中、参加者が最初に起床するシーンでこの第3楽章が効果的に用いられ、注目を集めました。

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