トリエント・ミサ

トリエント・ミサとは、カトリック教会において1570年から1970年頃まで、全世界共通で用いられた特定のミサの様式を指します。その式文の大部分がラテン語で構成されていることから、「伝統的ラテン語ミサ」や「聖伝のミサ」といった別称でも知られます。また、これを「ピオ5世ミサ」と呼ぶこともあります。ミサ全体がラテン語で行われることから「ラテン語ミサ」と称されることもありますが、1970年以降に定められた「パウロ6世ミサ」（各国語によるミサ形式）もラテン語で執り行われる場合があるため、この呼び方は必ずしも正確ではありません。トリエント・ミサの式文には、ラテン語のほか、一部ギリシア語やヘブライ語の語句も含まれています。

起源と歴史

「トリエント・ミサ」という名称は、16世紀のカトリック教会の重要な会議であるトリエント公会議に由来します。この公会議では、当時地域によって多様化していたミサの様式を統一することが決定されました。これを受けて、1570年に教皇ピオ5世は、規範となるミサ典書を発表し、これを世界中のカトリック教会で使用するよう指示しました。ただし、1370年以前から続く独自の典礼様式を持つ地域については例外としてその存続が認められました。

ピオ5世は、1570年の大勅令『クオー・プリームム・テンポレ』において、ローマのミサ典礼様式に基づくローマ・ミサ典書を永久に有効なものとして義務付けました。これが一般に「トリエント・ミサ」と呼ばれるものですが、教皇ベネディクト16世らは、ピオ5世が全く新しいミサを創造したのではなく、古代教会から何世紀にもわたって受け継がれてきた歴史的なローマ典礼様式を規範化したものと位置付けています。彼らの見解では、「トリエント・ミサ」という言い方は厳密には正確ではなく、ピオ5世による改訂は、ローマ典礼の長い歴史における一つの段階に過ぎないとされます。ローマ典礼の核心部分である「ローマ典文」は、典礼学者によれば少なくとも4世紀、あるいはそれ以前の使徒ペトロに由来すると考えられており、5世紀以降、教皇たちはこの典文の使用を重視してきました。ピオ5世が規範化したミサ典書は、制定後も1604年、1634年、1888年、1920年、1955年、1962年と改訂が加えられています。

新しいミサへの移行

トリエント公会議以降のミサのあり方を見直す動きは、20世紀半ばから始まります。教皇ピオ12世による1955年の聖週間典礼の改訂は、伝統的な形式に変化をもたらし、一部から批判の声も上がりました。続いて教皇ヨハネ23世は、1962年にミサ典書の全面改訂を行い、聖金曜日の典礼から特定の表現を削除するなど、さらなる典礼改革を進めました。この1962年版のミサ様式は、現在も一部の伝統的なグループで使用されています。

第2バチカン公会議（1962年-1965年）において、ミサと典礼の改革が集中的に議論されました。これを受けて、教皇パウロ6世は典礼改革に着手し、1969年に「ミサの新しい式次第」（ラテン語で Novus Ordo Missae と呼ばれる）を公布しました。この新しい様式は、各国語でのミサ挙行を可能にし、式文にも変更が加えられました。公式な規範版は1970年に発表され、以降、この「パウロ6世ミサ」がカトリック教会におけるミサの一般的な形式となりました。

新しいミサへの移行は、教会内で様々な議論を呼びました。改革を批判する人々の中には、新しい形式が信者数の減少や教会内の危機の一因となったと指摘する意見もあります。教皇ベネディクト16世も、典礼の崩壊が教会が今日経験している危機の一因であるとの見解を示したことがあります。

現代における位置づけ

1970年以降、「パウロ6世ミサ」が主流となる中で、トリエント・ミサの挙行は特別な状況下に限定されるようになりました。過去には、1984年の書簡『クアットル・アビニク・アンノス』や1988年の使徒的書簡『エクレジア・デイ』によって、その挙行に一定の規制が設けられていました。これらの文書では、伝統的なミサへの敬意が示されるとともに、教区司教や教皇庁からの許可が必要とされる場合がありました。

しかし、2007年7月、教皇ベネディクト16世は自発教令『スンモールム・ポンティフィクム』を発表し、トリエント・ミサ（これを「聖ピオ5世が発布し、福者ヨハネ23世があらためて発布したローマ・ミサ典礼書」と呼びました）に関する規定を大幅に緩和しました。この教令は、トリエント・ミサが教会法的に決して廃止されていないことを明確にすると同時に、それを「典礼の特別な形式」(Forma extraordinaria) と位置付け、その挙行をより自由なものとしました。特に重要な点として、カトリック教会の司祭であれば、教区司祭か修道司祭かを問わず、過越の聖なる3日間を除くすべての日に、教区長や上長からの特別な許可なく、この古い形式のミサを執り行うことが許されるとしました。信者もこのミサに参加することが可能となり、修道会も修道院や共同体としてこの形式を使用することが認められました。

さらに、『スンモールム・ポンティフィクム』では、洗礼、結婚、ゆるし、病者の塗油といった他の秘跡や、聖務日課についても、司祭や裁治権者の判断により、以前の典礼形式を用いる許可を与えることができる可能性に言及しました。教会法第518条に基づく属人小教区の設立など、古い形式の典礼を行うための体制整備も推奨されています。

2011年に発表された指針『ウニヴェルセ・エクレジエ』は、『スンモールム・ポンティフィクム』の適用に関する詳細を示し、トリエント・ミサは前の世代にとって神聖なものであり、突然完全に禁じられることはあり得ないこと、全ての司祭に特別な許可なく挙行する権能があることを改めて確認しました。これらの文書は、教皇庁は典礼を「作り上げる」権威を持つのではなく、その同質的な発展と完全性を保つ謙遜な奉仕者であるという考えに基づいています。

このように、トリエント・ミサは、今日においてもカトリック教会における有効な典礼形式の一つとして、特定の状況下で、あるいは司祭の判断によって執り行われ続けています。

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