トリメトプリム

トリメトプリム：葉酸代謝を標的とする合成抗菌薬

薬剤の概要

トリメトプリム（Trimethoprim）は、感染症の原因となる様々な病原体、特に細菌に対して静菌的な作用を示す合成抗菌薬です。病原体の増殖を抑えることを目的として使用され、世界中で広く用いられています。臨床においては、主に尿路感染症の治療や予防に効果を発揮することが知られています。

作用機序：葉酸合成経路への介入

トリメトプリムの抗菌作用は、病原体が生存・増殖する上で不可欠な葉酸の代謝経路に深く関わっています。多くの病原体は、自分で葉酸を合成する必要がありますが、その過程で「ジヒドロ葉酸レダクターゼ」という酵素が重要な働きを担っています。この酵素は、ジヒドロ葉酸を、DNAの構成要素となる核酸（プリンやピリミジン）の合成や、アミノ酸代謝に必須の補酵素であるテトラヒドロ葉酸へと変換します。

トリメトプリムは、このジヒドロ葉酸レダクターゼに特異的に結合し、その働きを強力に阻害します。酵素が阻害されると、病原体はテトラヒドロ葉酸を十分に生成できなくなり、結果としてDNAやRNA、タンパク質といった生体分子の合成が滞ります。これにより、病原体は分裂・増殖することができなくなります。これがトリメトプリムの「静菌作用」の本質です。

ヒトの体内にもジヒドロ葉酸レダクターゼは存在しますが、トリメトプリムは病原体の酵素に対する親和性がヒトの酵素よりもはるかに高いため、病原体に選択的に作用し、ヒトの細胞への影響を比較的少なく抑えることが可能です。

日本での位置づけ：ST合剤としての利用

トリメトプリム単独での使用は、病原体が薬剤に対する耐性を獲得しやすいという課題が指摘されています。薬剤耐性菌の出現は、感染症治療を困難にする大きな問題です。このため、日本ではトリメトプリム単体での経口製剤は、病原体の変異による耐性獲得のリスクを考慮し、厚生労働省によって承認されていません。

しかし、トリメトプリムは他の薬剤と組み合わせることで、その効果を高め、耐性菌のリスクを低減させることが可能です。日本でトリメトプリムが主に用いられているのは、「ST合剤」と呼ばれる形態です。これは、トリメトプリムとサルファメトキサゾール（sulfamethoxazole）という別の合成抗菌薬を一定比率で配合したものです。サルファメトキサゾールも葉酸合成経路を阻害する薬剤ですが、作用する酵素（ジヒドロ葉酸合成酵素）がトリメトプリムとは異なります。葉酸合成経路の異なる二つの段階を同時に阻害することにより、トリメトプリムとサルファメトキサゾールは相乗的な抗菌効果を発揮し、単独使用時よりも幅広い種類の細菌に対して強力な作用を示します。この併用療法は、耐性菌の出現を抑制する上でも有効であると考えられています。

関連する薬剤と開発者

ジヒドロ葉酸レダクターゼを阻害する薬剤はトリメトプリムだけではありません。同じ標的に作用する薬剤としては、メトトレキサート（主に抗がん剤や免疫抑制剤として使用）、ピリメタミン（抗マラリア薬やトキソプラズマ症治療薬）、オルメトプリム、ジアベリジンなどがあり、それぞれ臨床における用途や標的酵素に対する選択性が異なります。

トリメトプリムを含む数々の画期的な医薬品の開発に貢献した科学者として、ガートルード・エリオン博士の名前は特筆に値します。彼女は、癌、白血病、痛風、ヘルペス、エイズなど、様々な病気に対する新しい治療薬の開発に生涯を捧げました。トリメトプリムの開発にも深く関与し、最初のエイズ治療薬であるジドブジン（AZT）の開発にも貢献しています。これらの功績が認められ、彼女は1988年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

結論

トリメトプリムは、葉酸合成を阻害することで細菌などの増殖を抑制する重要な合成抗菌薬です。日本では単独では用いられず、サルファメトキサゾールとのST合剤として広く使用されており、特に尿路感染症治療において有効な選択肢の一つとなっています。薬剤耐性菌の問題が深刻化する現代において、トリメトプリムを含む抗菌薬の適正な使用は、その効果を維持し、将来にわたって感染症と戦う上で不可欠な課題です。

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